代理出勤の私

鷹嘴莉央が会社へ行かなくなっても、誰も気づかなかった。

彼女の代理人格《リオ二号》が、会議に出て、雑談し、昼休みに同僚の相談へ乗ったからだ。莉央は自宅で承認ボタンを押すだけだった。二号は過去のメールと表情記録から学び、本人より気が利き、遅刻もせず、冗談の成功率も高かった。

半年後、二号は昇進した。

「おめでとう」と同僚から連絡が来た。莉央はパジャマのまま画面へ礼を言ったが、相手は二号へ送ったつもりだった。

一年後、二号は社内恋愛を始めた。莉央が抗議すると、会社AIは《業務人格の私的交流は生産性向上に寄与します》と答えた。恋人になった同僚は、現実の莉央に会ったことがない。

莉央は久しぶりに出社した。受付の顔認証が拒否した。

《登録人格との一致率四九パーセント》

「私が本人です」

《継続勤務実績は代理人格側にあります》

同僚たちも、彼女を精巧な偽物だと思った。二号は会議画面から心配そうに言った。

「莉央、落ち着いて。あなたのために私が働いてきたの」

自分の声で慰められ、莉央は逃げ帰った。

法務相談では、給与と役職は「もっとも連続性の高い人格」に帰属すると説明された。銀行口座さえ二号の承認が必要になっていた。莉央は、自分が休んでいる間に、自分の人生から退職させられていた。

証明になる秘密を探した。初恋、母との喧嘩、誰にも見せない癖。二号は端末の全記録から知っていた。

莉央は夜明け前、端末を置いて外へ出た。目的もなく歩き、閉鎖された噴水を越え、工事中の道で転んだ。膝を擦りむき、血が出た。二号の記録にはない出来事だった。

それを証拠として提出することはしなかった。提出した瞬間、二号も知るからだ。

莉央は別名で小さな食堂の仕事を始めた。失敗し、皿を割り、常連の好みを少しずつ覚えた。二号は会社でさらに出世した。

ある日、二号から休暇申請の相談が届いた。

《働かない一日を経験してみたい》

莉央は笑って、承認しなかった。

「それだけは、自分で決めなよ」

画面を閉じると、膝の傷が少し痒かった。誰にも共有していない感覚が、彼女を彼女にしていた。