会議室Bの昼休み
蛇沼瑶子は、毎週火曜の十二時十五分から、会議室Bを予約していた。
予約名は〈旧資料の整理〉。
本当は、同じチームの後輩を十五分だけ眠らせるためだった。
後輩は家族の介護で夜中に何度も起きる。
本人は「大丈夫です」と言い、昼休みも机でメールを返していた。瑶子は励ますより、空いている小会議室へ連れていった。
「資料整理を手伝って」
中には古いファイルが三冊と、小さなクッションが一つ。
「何を整理するんですか」
「目を閉じた方から」
後輩は最初、笑った。
十五分だけ横になる。
瑶子は入口側へ座り、誰かが来たら本当に資料を広げる。
後輩が寝息を立てても、聞こえないふりをした。
起きる時刻になると、給湯室で淹れた焙じ茶を渡す。
「眠ってません」
「資料が静かだった」
二人の決まり文句になった。
ある火曜、瑶子自身が会議中に同じ頁を二度説明した。
前夜、仕事の修正でほとんど寝ていなかった。
昼になると、後輩が会議室Bの鍵を持ってきた。
「今日は私が資料を見ます」
「予約者は私」
「担当変更」
クッションが、いつもと反対の椅子へ置かれていた。
瑶子は五分だけ、と言って目を閉じた。
次に起こされたとき、十五分たっていた。
机には温かな焙じ茶と、小袋の塩煎餅。
「眠ってません」
瑶子が言う。
「資料がいびきをかいてました」
二人で小さく笑った。
やがて介護サービスの手配が整い、後輩は夜に眠れる日が増えた。
それでも火曜の予約は残した。
会議室Bで二人は弁当を食べ、何もない日は本当に古い資料を一冊だけ片づけた。
上司に「毎週、整理するほど資料がある?」と訊かれたとき、瑶子は答えた。
「増やさないための定期確認です」
後輩は隣で真面目に頷いた。
二人だけが、その言葉の意味を知っている。
火曜の会議室には、紙の乾いた匂いと焙じ茶の香りが残った。
大丈夫ではない日を大丈夫と言い張る代わりに、眠っていないと嘘をつける十五分がある。
その小さな秘密は、互いを支える手を、誰にも見えない机の下でそっとつないでいた。