伝票の二行目
神谷祥真が十倉剛平の工房へ着くと、木箱が三十個並んでいた。
剛平は家具職人で、家出した十六歳の祥真を住み込みで雇った。食事も寝床も与えたが、給料は安く、仕事は厳しかった。祥真は二十三で独立し、「あんたの息子になった覚えはない」と言って出た。
工房は今月で閉める。剛平の手が震え、刃物を握れなくなったからだ。
「運送屋が昼に来る。伝票を貼れ」
「どこへ送る」
「借りた倉庫」
「仕事しないのに?」
「木は腐らん」
二人は鉋、のみ、端材を箱へ詰めた。剛平は重い物を持とうとするたび祥真に止められ、代わりに緩衝材を丸めた。祥真は箱の底へ板を敷く。二人とも、相手の仕事を信用していないふりをした。祥真が工具を油紙で包み、剛平が品名を書く。文字は以前より揺れていた。
二十箱目で、祥真が使っていた古い鉋が出た。刃には、十代の彼が付けた傷がある。
「これは俺が持つ」
「代金」
「給料から引け」
「未払いはない」
「安すぎた分がある」
「食費を引いてない」
昔と同じ言い争いになり、二人とも途中でやめた。
最後の箱だけ、送り先が違った。新しい小さな作業場の住所が書かれている。祥真が先月借りた、町外れのガレージだ。
「何で知ってる」
「登記は見られる」
「勝手に送るな」
「長い材だけだ。倉庫に入らん」
「俺の所にも入らない」
「二階が空いてるだろ」
ガレージの二階には、折り畳みベッドを一つ置いただけの部屋がある。祥真は剛平を泊めるつもりで借りたわけではない。
運送屋が来る時間になり、二人で伝票を貼った。宛名の一行目は〈神谷木工〉。二行目は空欄だった。
剛平が油で汚れた指を拭き、〈十倉方〉と書こうとする。祥真はペンを奪った。
「方じゃ荷物を受け取れない日がある」
「なら何と書く」
「名前を並べる」
祥真は一行目の下に〈神谷祥真・十倉剛平〉と書いた。屋号の印刷はまだしていない。仕事が続く保証もない。
それでも最後の木箱には、その伝票を一番上へ貼った。剛平の古い鉋は箱へ入れず、祥真の工具袋に二本並べた。