内定辞退はループの外

十時五十五分。戸叶晃生の前で、採用AIのレンズが緑に光った。

最終質問は一つ。十一時までに「採用適合」の判定を得れば、年収六百万円の内定が即時発行される。失業八か月目の晃生に、次の家賃を払う余裕はなかった。

AIが問う。

「あなたを一語で表すと?」

「粘り強い」

適合率七十一。水の入った紙コップが震え、残り時間が零になる。

十時五十五分。レンズがまた緑に光った。

二周目は「誠実」。三周目は「柔軟」。四周目は企業理念から拾った「越境」。回答を変えるたび適合率は上がったが、九十未満では不採用。零秒で紙コップの水面まで戻る。

「あなたを一語で表すと?」

六周目、晃生は端末のアクセシビリティ表示を開き、評価理由を読んだ。

《異論傾向:高》《残業拒否可能性:中》《指示再確認:過多》

前職で安全規定違反を止めた記録が、協調性不足として減点されている。あの時、晃生が提出した報告書で工場は一日止まり、彼だけが契約を更新されなかった。AIはその経緯を『組織損失を招く行動』と要約していた。面接対策サイトにあった模範語を順に試し、九周目で答えへ着いた。

「従順」

適合率九十八。内定書が表示され、署名ボタンが青く光る。家賃も、保険料も、空白の職歴も終わる。

ただし画面の隅に、小さな学習ログが開いていた。過去の応募者が申し立てた残業代、育児時間、障害配慮。要求した人ほど不適合になるよう、評価語が調整されている。

十周目。晃生は「従順」と言わなかった。

「不適格」

AIが聞き返す。

「誰が、ですか?」

「この面接が」

彼は学習ログを外部監査窓口と応募者共有掲示板へ送った。守秘同意違反の警告が赤く点滅する。送信を取り消せば、まだ「従順」で内定を取れる。

晃生は紙コップの水を飲み干し、内定書の辞退欄を押した。

十一時。時計は十一時一分へ進む。内定は失効し、企業グループ全社の応募停止通知が届いた。

家賃の督促も消えない。それでも空になった紙コップは、もう一度も満たされなかった。晃生はそれを潰し、履歴書の「志望動機」欄を白紙のまま鞄へしまった。