冬宮の氷毒
冬宮では、次期女帝候補が氷の杯を飲む。
第一皇女イリサの前へ、妹マルディアが杯を滑らせた。
「姉上には寒さが似合います」
中身は〈凍心露〉。血流を凍らせ、最後には心臓を透明な宝石へ変える毒だ。皇位選定の儀式を利用した暗殺だった。
イリサは何も言わず飲む。
吐息が白くなり、床へ霜が広がった。杯を置いた指先から氷柱が伸び、玉座の階段まで凍りつく。廷臣たちは、彼女も同じように固まると思った。
マルディアは扇を閉じる。毒は五呼吸で完成する。
一度目、霜が柱を上る。二度目、池の鯉が氷の中で止まる。三度目、侍女の持つ花が硝子のように砕ける。四度目、廷臣たちが避難を始める。
五度目の息のあとも、イリサは杯へ手を添えたまま立っていた。
「寒いのは苦手ですか、妹」
声に震えはない。老皇帝は玉座の脇で目を細めた。候補者を測る儀式のはずが、いま測られているのは、毒へ頼った妹の器のほうだった。
マルディアは足元を見る。こぼれた一滴に触れた絨毯が、砕けるほど凍っている。毒を選んだ侍医が首を横に振った。薄められてはいない。解毒もされていない。姉の身体だけが、毒の完成を拒んでいる。毒は本物。姉の身体だけが、冬の法則から外れていた。
「では春を差し上げます!」
妹は皇杖を掲げ、禁術〈灼陽庭園〉を解放した。凍った相手を急激に熱し、温度差で粉砕する二段目の処刑。黄金の火炎がイリサを包み、蒸気爆発の白煙が天蓋を隠した。
煙が晴れる。
黄金の火で玉座の半分が溶け、天蓋から熱した金具が落ちる。その中心でイリサは同じ姿勢で立っていた。右手の杯は凍ったまま、左袖にも焦げ跡がない。
「私の加護は〈適温〉ではありません」
彼女は氷杯から一輪の霜花を取り出した。
「〈静止季〉。私が望まない変化は、私の中では季節を迎えない。凍結も燃焼も、始まる日が来ないのです」
マルディアの杖から火が消える。姉が毒に気づかなかったのではない。冬も春も、彼女の許しを待っていたのだ。
イリサが霜花を玉座へ置くと、マルディアは一歩退いた。