冷凍庫の向こう側
閉店後の大型スーパーで、冷蔵設備の警報が全売場同時に鳴った。
設備担当の温井千晶は、防災センターの画面に並ぶ赤い数字を見た。精肉も鮮魚も冷凍食品も、温度が一斉に十八度へ跳ね上がっている。夜間責任者は「商品を全部廃棄庫へ移せ」と台車を集め始めた。
千晶は売場へ走らず、警報の時刻を比べた。二百個の冷蔵庫が同じ秒に同じ温度になることはない。各売場のセンサーを巡回するポーリングが止まり、監視装置が「最後に受けた異常値」を全設備へ複写していた。
「まず手持ちの温度計で測ります。画面は信用しません。でも冷蔵庫も信用しすぎません」
担当者を三組に分け、精肉、鮮魚、冷凍食品の順で実測させた。廃棄判断の閾値に近い商品は扉を開けず、外側から測る。画面の復旧を待って何もしなければ、本当に壊れた一台を見逃す。全てを捨てれば、正常な商品まで失う。
通信機器を再起動すると、ほとんどの表示は四度前後へ戻った。しかし冷凍食品売場の端だけ、手持ち温度計がマイナス二度を示した。本来はマイナス十八度でなければならない。全体警報に紛れ、本物の故障が一つあった。
千晶はそのケースの商品だけを隣の予備庫へ移し、扉に封をした。移動時刻と中心温度を箱ごとに記録し、冷え直したから販売できるとは判断しなかった。食品は温度が戻っても、途中で受けた時間までは戻らない。原因は霜で塞がれた送風口だった。全体の画面が嘘をついたからこそ、個別の現場を見なければならなかった。
午前一時、商品の廃棄はアイスクリーム三箱だけで済んだ。責任者は安堵し、「最初から画面の故障だと思った?」と聞いた。
「同時すぎる警報は怪しいと思いました。でも全部嘘だと思うのも危険です」
千晶はポーリングの復旧時刻と実測値を引継ぎ表へ書いた。店内が静かになると、ベーカリーから甘い匂いが漂ってくる。
午前三時の仕込みが始まったのだ。
その直後、オーブン室の温度警報が黄色く点いた。千晶は画面より先に、手持ち温度計をつかんだ。