処刑斧を置く日
法都の処刑人には、顔がなかった。
黒鉄の仮面を被った人造兵EX―8。判決書へ裁判長の印が押されると、罪の有無にかかわらず斧を振り下ろす。仮面の裏には《執行を拒めば心炉停止》という所有契約が刻まれていた。
若い判事レオルが初めて担当したのは、領主の横領を告発した書記官の裁判だった。
証拠は明白なのに、上席判事は無罪の領主印と、書記官の死刑印を押した。
「お前が最後の印を押せ。処刑人の所有権も今日からお前へ移す」
レオルの前に二枚の紙が置かれる。死刑判決と、EX―8の譲渡契約。
中庭では書記官が首台に固定され、処刑人が斧を構えていた。
「執行準備完了。新所有者の承認を」
レオルは羽根ペンを取った。
上席判事が満足げに頷く。
だが彼が署名したのは、どちらの所有者欄でもなかった。
判決書の余白へ、《押印者に審理権限なし。よって無効》と書き、上席判事の任命記録を添える。三日前に罷免済みであることを、レオルは公文書庫で確認していた。
「詭弁だ!」
「法は、あなたが人を縛る縄ではありません」
次に譲渡契約を二つ折りにし、処刑斧の刃へ押し当てた。
「EX―8。斧を下ろせ!」
上席判事の命令で、仮面の文字が赤く光る。
レオルは所有印を自分へ移さず、仮面の留め金へ判事槌を振り下ろした。
一打で亀裂。二打で契約文字が欠ける。三打目に黒鉄の仮面が割れ、石床へ落ちた。
その下にあったのは、驚くほど若い男の顔だった。
斧が首台へ振り下ろされる。
群衆が息を呑む。
刃は書記官の首ではなく、拘束縄だけを断った。
元上席判事は自分が残した横領指示書により、その場で拘束された。
自由になったEX―8は、誰にも名を告げず法都を去った。
月が替わり、レオルが夜の裁判所を出ると、門前に男が立っていた。仮面はなく、斧は布で包まれている。
「処刑人へ戻るつもりはありません」
「それでいい」
「しかし、無効な命令から人を守る仕事は続けたい」
男は包みを解き、斧を法廷の敷居へ横たえた。
「名はユーディ。判決ではなく、自分で選びました。この刃を振るうかどうかも、これからは私が決めます」
彼は膝をつかず、夜道を帰るレオルと肩を並べた。