初心者鋏の切るもの

操り兵の剣が迫り、針生ノゾムはその喉ではなく、空中の銀糸へ鋏を入れた。

《初心者用裁断鋏》

攻撃力:1

耐久値一以下のオブジェクトだけを対象にできます。

銀糸の表示は《耐久値:1》。兵士のHPは千。最強剣は糸と身体をまとめて斬り、操られた兵を殺してしまう。鋏は弱すぎて、糸以外を攻撃対象にすら選べなかった。

ぱちん。

糸が切れ、兵士が膝をつく。

大広間には百人。天井の人形師フィラから、一本ずつ糸が伸びている。攻略隊はフィラ本体を狙うが、兵士たちが盾にされて近づけない。

ノゾムは剣の雨をくぐり、糸を切り続ける。一人、二人。自由になった兵士も鋏を受け取り、隣の仲間の糸を切る。

フィラが糸を太く束ねた。表示は《耐久値:100》。鋏では対象にできない。

「やっぱり最弱じゃ無理だ!」

ノゾムは束ではなく、根元から分かれる一本へ照準を合わせた。それぞれは耐久値一のまま。太く見えるのは、弱い糸が寄り集まっているだけだ。

百回の小さな音が、大広間へ続く。

最後の一本は、フィラ自身の背中から天井へ伸びていた。彼女もまた操られている。

ノゾムが鋏を差し出す。フィラは震える手で、自分の糸を切った。

彼女のHPバーは残ったまま、ボス表示だけが消える。兵士たちは武器を下ろし、人形師を囲んだ。

《人形師フィラ討伐失敗》

《操糸百一条を切断》

自由になった兵士の一人が、自分を操っていた糸を掌へ載せた。銀色のそれは光へ消えず、短い一本のまま残る。

「こんな細い物に、私は仲間を斬らされていたのか」

ノゾムは鋏を渡した。

「細いから切れた。見えないまま束にされていたら、強い鎖だと思い続けた」

兵士は糸をさらに小さく刻み、風へ放した。フィラは空になった指を見て、誰も動かないことに安堵した。

その日以降、兵士たちは太い鎖より、一本ずつ増える細い命令を先に疑うようになった。鋏は武器庫ではなく、会議室の中央へ置かれた。

《撃破数:0――最弱の鋏は、誰一人傷つけず戦場から敵だけを消しました》