勤務地未定

旅行研究会の部室には、壁一面の世界地図があった。

布施航は航空会社の地上職、佐久間紫乃は地元の私鉄、津田理央は翻訳会社の在宅契約に決まった。

「一番飛び回ってた航が、空港から出ない仕事か」

理央が地図のピンを抜く。

「飛行機に乗せる側。勤務地は全国のどこか」

「紫乃は毎日同じ路線」

「十二駅もある」

「理央は家から出ない」

「担当言語は十六か国」

三人は、就活前に〈移動を仕事にする〉と話していた。エントリーシートを見せ合った頃は、世界を広げたいという同じ一文を三人とも書き、互いに笑った。面接が進むほど、その一文だけが別々の意味になった。かなったようで、誰も想像した場所にはいない。

紫乃は大手旅行会社を辞退した。祖母の介護で地元を離れられなかった。理央は正社員の面接で吃音を指摘され、文章だけで働ける契約を選んだ。航は客室乗務員試験に落ち、同じ会社の別職種へ応募し直した。

「勤務地、いつ分かるの?」と紫乃。

「卒業式の翌週」

「送別会、どこ向けにすればいい?」

「北から南まで対応の服をくれ」

理央が笑い、地図の中央に新しいピンを刺した。海の上だった。

「ここなら誰の勤務地でもない」

「じゃあ卒業旅行はそこ」

「泳ぐ?」

「オンラインで集合」

軽口は続いたが、三人とも日程を出さなかった。地図なら指一本で集まれるのに、予定表ではそうはいかなかった。航は研修、紫乃は沿線案内の試験、理央は時差のある顧客対応が始まる。

壁の地図には、三年間の旅行先を示す色違いのピンが百本以上あった。三人は卒業のため、それを一本ずつ抜いて箱へ戻した。

「全部、片づけるんだ」と紫乃。

「次の部員が自分の場所を刺せるように」と航。

「私たちの跡、邪魔なんだね」と理央。

最後に残ったのは、海へ刺した一本だけだった。誰も手を伸ばさない。

部室を出ると、航は配属通知を待つ寮へ、紫乃は十二駅先の実家へ、理央は同じ大学町のワンルームへ帰った。

無人の地図で、行き先のないピンだけが三人のほぼ中間に立っていた。