匂いを失った裏切り者

「小物一つの匂いを一分消すだけ? 猟師の鼻にも勝てぬ」

王立狩猟院の試験で、エズリカは無能と判定された。

【魔法:《無香》――手のひらに収まる物一つの匂いを、一分間だけ完全に消す】

人や部屋には使えず、姿も魔力も隠せない。エズリカは王家の猟犬舎へ回された。

犬たちは強い匂いほど正しいとは限らない。香料をこぼした訓練兵より、薄い足跡を残す獲物を選ぶ日もある。エズリカは餌の前に香りを一つずつ隠し、何を失えば鼻が本来の対象へ戻るかを覚えた。強い匂いは、ときに鼻を誘導する罠になる。

冬の評議会で、宰相が国王暗殺の容疑をかけられた。

王の杯から毒が見つかり、宰相の衣には「誓香」の珠が縫いつけられていた。誓香は反逆者の手に触れると特有の匂いを発し、王家の審判犬だけが嗅ぎ分ける。三頭の犬は一直線に宰相へ向かい、牙を見せた。

猟王ヴァルモは処刑剣へ手をかける。

エズリカは犬舎で、三頭が同じ匂いに反応する訓練をしてきた。宰相の珠から漂う香りは濃すぎた。自然に変化した誓香ではなく、誰かが原液を塗った匂いだ。

「一分だけ、珠を預けてください」

処刑前の願いとして許され、エズリカは珠を掌へ載せた。

《無香》

三頭の犬は宰相から鼻を離した。

次の瞬間、そろって評議員の一人へ向き直る。彼の袖には、珠へ塗った誓香の原液瓶が隠されていた。犬に囲まれた評議員が逃げようとし、懐から毒針を落とす。

一分後、珠の匂いは戻った。だが犬たちはもう迷わない。宰相に付けられた香りと、評議員の瓶の香りが同じだと、吠えて示した。

調べれば、杯へ毒を入れた給仕への支払い証文も見つかった。

試験官が「匂いを消しただけで、真実を見たわけではない」と言う。

ヴァルモは処刑剣を鞘へ収め、その男の審査札を犬の前へ投げた。三頭は嫌そうに顔を背ける。

「鼻は匂いがあるから迷うこともある」

猟王は犬舎の銀笛をエズリカへ渡した。

「一分の無臭で嘘だけを残した者に、無能の臭いをつけた我らが間違っていた」