十三時間の空白

午後十時二十一分、望美はアプリを開き、最後に送ったメッセージの時刻を数えた。

午前九時十四分。

〈その本、私も好きです。最後の章だけ何度も読みました〉

返事はない。十三時間と七分だった。

相手とは一週間、毎日やり取りをしていた。朝の通勤中に一通、昼休みに一通、夜に二、三通。急に親しくなったわけではないのに、決まった時刻に通知が来る生活へ身体が慣れていた。

今日は昼休みに三回、帰りの電車で五回、帰宅してからも何度も画面を更新した。仕事が忙しいだけかもしれない。通知に気づいていないかもしれない。別の会話をしているかもしれない。「最後の章だけ」という言い方が気取って見えたのかもしれない。

テーブルには、スーパーの焼き魚弁当がある。蓋を開けたのは九時前なのに、半分も食べていない。鮭の皮が冷えて白くなり、きんぴらのごぼうは汁を吸って柔らかくなっていた。

友人からは〈今度の日曜どう?〉と届いている。会社の同期グループは未読十八件。返事をくれる人たちの通知を後回しにして、来ない一件だけを待っている自分が、少し情けなかった。

望美はアプリの通知設定を開いた。すべて切る勇気はなく、メッセージだけ残し、「おすすめ」と「足あと」をオフにする。それでも画面を開けば同じだった。

スマートフォンを充電器につなぎ、台所の引き出しへ入れた。タイマーを三十分に設定してから入れたので、時間になれば音が聞こえるはずだった。

そのあいだに弁当を食べ、流しのコップを二つ洗った。鮭は冷たかったが、塩気はちゃんとあった。友人へ〈日曜、午後なら空いてる〉と返す。洗濯物は畳まず、椅子の上へ種類別に分けただけにした。

タイマーが鳴り、引き出しを開ける。新しいメッセージはなかった。

胸の奥が沈むのを、望美は止められなかった。ただ、十三時間の空白へ一日全部を差し出すことはしなかった。今夜は返事のない理由を決めず、鮭を食べた自分の方を先に眠らせてよかった。