十二個目の銀ボタン
婚礼衣装の銀ボタンを一つ留めるたび、留めた者の寿命が一年、着ている伴侶へ渡る。
オレリアは王子ヴェルンの礼装を膝に置き、十一個目まで留めた。
一つ目で、指の傷が薄くなった。
五つ目で、鏡の中の目尻に細い線ができた。
十個目で、黒髪の根元へ銀が混じった。
王子は毒で余命一日だった。彼が死ねば、摂政は明朝、借金を返せない娘たちを貴族家へ嫁がせる法令へ印を押す。ヴェルンだけが拒否権を持っていた。
婚姻は、彼を議場まで生かすための契約だ。
「十一年で十分だ」ヴェルンは十二個目を手で隠した。「議場へ行き、署名して、戻ってこられる」
「戻る必要があります」
法令を廃止したあとも、反対派との交渉が残る。王位を継ぎ、制度を変え続けなければ、別の名で同じ売買が始まる。
オレリアは仕立屋だった。借金のため十五歳で婚姻競売へ出され、逃げて王都へ来た。十年かけて店を持ち、同じ境遇の娘を見習いに雇っている。
三十二歳の今、十二年を渡せば身体は四十四歳になる。
針を持つ目が弱くなるかもしれない。徹夜ができなくなる。いつか子どもを持ちたいと思っても、その時間は短くなる。店の裏に買った小さな家で、誰かと朝食を食べる未来も、十二年ぶん近づいてしまう。
「法令を止めるだけなら、あなたでなくてもできる」と王子が言った。「私の命は、あなたの十二年ほど高くない」
「そういう言葉を、王になる人が言わないでください」
「契約は今日までだ。私が生きても、君は妻ではなくなる」
「それで結構です。夫の世話は性に合いません」
笑おうとしたが、声がかすれた。
十一年ぶん老いた指で、オレリアは最後のボタンへ触れた。銀面に自分の顔が小さく映る。失う年月には、まだ名前のない喜びも、会っていない人も含まれている。
それを数えられないからこそ、重かった。
議場の鐘が鳴った。
ヴェルンが手を重ねる。
「留めないでくれ」
「では、生きて帰って、自分で外してください」
オレリアは十二個目の銀ボタンを穴へ押し込んだ。
かちり、と小さな音がして、彼の唇に血の色が戻る。同時に彼女のこめかみを、白い髪が一筋滑り落ちた。