午前一時の拍手
杏寿が振られたことを知ったのは、消灯から二時間後だった。
恋バナの順番が来ても、彼女は「眠い」で逃げていた。けれど誰かが「旅行前に告白するって言ってたよね」と口にして、部屋が静かになった。
杏寿は布団を鼻まで上げた。
「したよ。だめだった」
相手には好きな人がいた。
昼間、相手は別の班で、杏寿が選んだ水色のコートを一度も見なかった。杏寿は「見てもらうために買ったわけじゃない」と笑っていたが、集合写真では無意識にその人のいる方向を探していた。私たちは気づいても、気づかないふりをしていた。
告白した翌日も同じ教室で、修学旅行の係決めをし、同じバスに乗った。誰にも言わなかったのは、気を遣われたくなかったからだという。
「だから普通にして。慰めなくていい」
そう言われると、何を返せばいいか分からない。
「かわいそう」と言うのは違った。「次がある」も今は軽すぎた。成功した恋にしか祝う場所がないなら、勇気の行き先がなくなる。沈黙に耐えかねた誰かが、ゆっくり身を起こした。
その子が、布団の上で両手をそっと打ち合わせた。
ぱふ、と小さな音がした。
「何それ」
「告白した勇気への拍手」
もう一人も、枕を挟んで手を叩いた。音を立てれば先生に見つかるから、全員が布団や枕へ掌を押しつける。ぱふ、ぽす、ぱふ。情けないほど弱い拍手が、暗闇のあちこちから続いた。
杏寿は「やめて」と言いながら笑った。笑ったあと、少し泣いた。
そのとき廊下で足音が止まった。
先生が戸を開ける。全員が一瞬で眠ったふりをした。
「今、何か聞こえたぞ」
懐中電灯が部屋を一周する。杏寿の頬には涙の跡があったが、先生は気づかないふりをした。
「雨か」
窓の外は晴れていた。
先生が去ると、杏寿が布団から顔を出した。
「もういいって」
誰かが、今度は指先だけで畳を叩いた。ほとんど音はしなかった。けれど全員が続いた。
午前一時、旅館の一室で、私たちは誰にも聞こえない拍手をした。
告白が成功しなかったことではなく、杏寿が逃げずに一度言えたことを、朝まで何度でも祝うために。