午前五時の鱗

鮮魚店「潮路」は、朝市への出店料を払えず、店頭販売だけで週末を越えることになった。早乙女諒真と倉科は午前五時から、仕入れてしまった鯛を下処理していた。

氷水から魚を上げ、鱗を引く。倉科が頭を押さえ、早乙女が尾から包丁を滑らせた。銀色の鱗が長靴や前掛けへ飛んだ。

早乙女は先月、予約の刺身を一件渡し忘れた。店は返金し、倉科が客の家まで謝りに行った。その翌週から早乙女の早番が減った。罰だと思い、転職先を探している。

「力を入れすぎ」

倉科が言った。

「鱗、残すよりいいでしょう」

「身まで削ってる」

「店も削ってますよね。出店も人も」

包丁の先が滑り、早乙女の親指を浅く切った。倉科は何も言わず流水で洗わせ、救急箱から防水テープを巻いた。その間も、鯛は氷の上で目を開けていた。

「早番を減らしたの、怪我した手で市場に来たからだ」

「いつの話ですか」

「二月。腫れてた」

早乙女は覚えていなかった。指を隠して働いたつもりだった。

二人は作業を再開した。今度は倉科が包丁を動かし、早乙女が魚を押さえた。鱗の向きに逆らわず、角度だけを変える。十尾目には、床へ飛ぶ鱗が少なくなった。

開店前までに二十六尾を終えた。朝市へ出られないぶん、半分以上が売れ残るかもしれない。冷蔵庫の電気代さえ厳しい。

倉科は包丁を洗い、砥石の横へ並べた。早乙女の包丁だけ、布に包まれて鞄のそばにあった。持ち帰ってフリマで売るつもりで、昨夜研いだものだ。

倉科はその布を外し、他の包丁と同じ磁石のラックへ吸いつけた。代わりに、ラップで包んだおにぎりを二つ、早乙女の鞄へ入れる。

「勝手に触らないでください」

早乙女は言ったが、包丁を取り戻さなかった。

シャッターを上げると、冷たい朝の光が濡れた床へ入った。客はまだいない。早乙女は親指のテープを締め直し、店頭のまな板をいつもの自分の高さへ合わせた。包丁は奥にある。朝の注文が一件でも入れば、取りに戻れる位置だった。必要になることを、もう嫌だとは思わなかった。