卒業アルバムの空白
卒業アルバムの最後に、「十年後の自分」という欄があった。
友人たちは、教師、看護師、研究者、東京で働く、と書いた。
私は空白のまま提出した。
進路は決まっていない。
第一志望に落ち、地元の大学の後期試験も受けなかった。春から一年、働きながら考えることにした。
担任は「浪人」と呼び、母は「就職」と呼び、私はどちらにも決められなかった。
アルバム委員の友人が、放課後に原稿を返してきた。
「空白だと印刷ミスみたい」
「じゃあ『未定』で」
「十年後まで未定?」
笑われた気がして、腹が立った。
「決まってる人はいいよね」
友人の進学先は東京の有名大学だった。
「こっちは何も書けないんだよ」
友人は黙った。
そのまま帰るかと思ったが、隣の席へ座った。
「私も、本当は書けない」
彼女の欄には『出版社で本を作る』とあった。
「それ、夢でしょ」
「親に言われた夢」
本が好きだから編集者が向いている、と家族も先生も言った。本人は、好きな本を仕事にしたいか分からない。
「でも空白だと心配されるから書いた」
教室の時計が、下校時刻を過ぎた。
私たちは互いの欄を見た。
一人は決まっていないことを隠せず、一人は決まっているふりをしていた。
「空白のままじゃだめ?」
私が聞くと、友人は原稿の枠へ小さく線を引いた。
「空白にも文章を入れよう」
二人で考えた。
『まだ決めない』
最初は強がりに見えた。
『寄り道中』
軽すぎた。
最後に私は書いた。
『十年後の自分へ。今、決められなくても生きていますか』
友人は自分の欄を消し、
『好きなものを、好きなまま持っていますか』
と書いた。
アルバム委員の先生は、質問文ではだめだと言った。
私たちは頼み込んだ。
「答えを書くのは十年後です」
卒業アルバムには、二つの問いが並んだ。
春から私は地元の書店で働いた。予備校へも通い、半年後に志望学科を変えた。
友人は東京で出版ではなく、博物館の学芸員課程を選んだ。
十年を待たず、私たちは何度も答えを書き換えた。
卒業時に空白だったことを、今は恥じていない。
何もなかったのではない。
決められない自分を、未来から消さずに残した欄だった。