同じ年の違う時計
木曜の午後十一時四十八分、菫は目覚まし時計を五時四十分に合わせた。
明日は早番だった。制服は椅子の背に掛け、朝食用のバナナはバッグの横へ置いた。あとは寝るだけのところで、明日香からメッセージが来た。
〈起きてる? 報告していい?〉
続けて、結婚することになった、と届いた。二人で選んだという指輪の写真もあった。
菫はベッドに座り直し、〈おめでとう〉と打った。写真の時刻は午後七時。明日香はたぶん夕飯を食べ、ゆっくり話して、今この時間に友人たちへ報告している。
菫の一日は四時半に始まり、夕方には終わる。友人たちの夜の会話が始まるころには、たいてい翌日の弁当箱を洗っている。最近は誰かと夜に会うことも減った。明日香とは同じ二十八歳なのに、暮らしの時計が別の国ほど違うように感じる。年齢だけを並べれば同じ場所にいるはずなのに、窓の外の明るささえ揃わない。
画面の下に、昼間見た記事の通知が残っていた。
〈二十代後半でしておきたい七つのこと〉
朝、通勤電車で開き、途中まで読んだ。貯金、結婚、キャリア設計。どの項目にも、自分は丸をつけられなかった。
明日香から〈来月、会えない?〉と来る。
菫は勤務表を開いた。休みは少なく、空いている日は歯科の予約がある。すぐ日程を決めなければと焦ったが、時計はもう十一時五十二分だった。
〈今日はもう寝るね。明日ちゃんと返す。ほんとにおめでとう〉
送る。
明日香からは〈起こしてごめん。寝て!〉と返ってきた。
菫は記事の通知を横へ払った。同じ年なら、同じ時刻に同じことを済ませていなければならないような文章だった。けれど明日香が結婚を決めた夜、菫は明日のパンを売るために眠る。それだけの違いだ。
五時四十分の目覚ましをもう一度確認する。返信を明日に残すことも、祝いを薄めることにはならない。
スマートフォンを伏せると、日付が変わる前の部屋は静かになった。菫は自分の時計を、明日香の人生に合わせて進めなくていい。今夜の予定どおり、眠ることにした。