同じ靴の違う傷
父から届いた箱には、黒いローファーが二足入っていた。
一花と野乃が高校時代に履いていたものだ。箱の蓋には父の字で、「きれいな方が一花、傷の多い方が野乃」とある。
一花の部屋で、姉妹は靴を新聞紙の上へ並べた。
「逆だよ」
野乃がすぐ言った。
一花も分かっていた。内側の名前は薄れているが、踵の減り方を覚えている。
傷の多い靴は一花のものだった。
家へ帰りたくない日は、駅を二つ手前で降りて歩いた。野乃より成績が落ちるたび、父が食卓で原因を尋ねるからだ。
きれいな靴は野乃のものだった。野乃は放課後の誘いを断り、父の車が迎えに来るまで校門で待っていた。「妹は素直だ」と褒められるために。
「訂正して返す?」
野乃が箱の蓋を指した。
一花は首を振る。
「正しい持ち主を教えても、次は『一花は昔から歩き回る、野乃はおとなしい』って書くだけ」
「確かに」
父は物を返すたび、姉妹の解説を添えた。
一花には派手な服、野乃には地味な本。思い出まで仕分ければ、娘を理解したことになるらしい。
野乃はきれいな靴を持ち上げた。
「私、これ嫌いだった」
「私も」
「でも、同じ理由じゃないね」
「同じじゃなくていいよ」
一花は自治体のごみ袋を広げた。革が硬くなり、もう履けない。
野乃は一足ずつ自分の手で入れた。箱には何も残さない。
一花のスマートフォンが鳴った。父だった。
「届いたか。どっちがどっちか、すぐ分かっただろう」
一花はスピーカーにせず、自分の耳で聞いた。
「届いた。両方処分するね」
「野乃は物を大事にするから、残したいと言うんじゃないか」
野乃が目で、言って、と合図する。
「野乃の返事は野乃に聞いて。それから今後、昔の物は説明を書かずに写真を送って。欲しい人だけ連絡する」
「面倒だな。姉のおまえがまとめれば」
「まとめないよ」
電話を切ると、一花は蓋の文字を太い線で消した。
野乃がその下へ、「靴 二足 処分済み」とだけ書く。
二人は空の箱を畳んだ。
同じ形の靴が残した傷は違ったが、どちらが悪く歩いた証拠でもなかった。