名を削る砥石
処刑剣を研ぐたび、研ぎ手の名前から一音が消える。
刃を鈍らせておけば名は守れる。だが首を一度で落とせなければ、囚人を苦しませた罪で処刑人も斬られる。だからザフィンは、執行の朝ごとに自分の名を少しずつ砥石へ渡してきた。
かつては四音の長い名だった。今は「ザフィン」だけが残る。
石台の囚人パナイは、首に鉄の輪を嵌められていた。魔獣を従わせるための隷属輪。処刑すれば輪の中の呪いが解け、城下にいる百頭の魔獣が暴れ出す。
「輪だけを斬って」とパナイが言った。「私が生きていれば、魔獣を森へ帰せる」
だが輪は王鉄製だ。処刑剣を鏡のように研ぎ澄まさなければ切れない。あと三度は砥石を当てる必要がある。
「残っている名は三音だ」と監督官が笑う。「消えれば、お前を知る者も記録もなくなる。命令に従え」
城壁の外から獣たちの低い唸りが響く。輪はパナイの鼓動に合わせて赤く明滅している。
ザフィンは剣を砥石へ滑らせた。
一度。自分を呼ぶ最初の音が消えた。監督官が首を傾げる。処刑人の名札の先頭が白くなる。
二度。幼い頃に母が呼んだ声が記憶から抜け落ちた。残るのは一音。
「やめろ」とパナイが言った。「私を斬れば済む」
ザフィンは三度目の火花を散らした。
名札が完全な空白になった。監督官も兵も、目の前の男を誰として扱えばよいか分からず動きを止める。名のない者には命令も罪も届かない。
彼は鏡の刃を振るった。
王鉄の輪が二つに割れた。パナイの首には細い赤線だけが残る。城下の魔獣たちは一斉に顔を上げたが、彼女の笛を聞くと門を傷つけず森へ走っていった。
監督官は処刑人を捕らえろと叫んだ。しかし「誰を」と問われ、答えられない。処刑簿にも雇用簿にも、その男の欄だけが消えていた。
パナイは広場の外で彼を待った。
「あなたの名を覚えている」と言う。
男は期待して顔を上げた。
彼女の唇が動いたが、音は出なかった。名そのものが世界から削られ、記憶の形だけが残っているのだ。
パナイは代わりに彼の手を握った。
名のない処刑人は、自分を指す言葉を失ったまま歩き出した。磨き抜かれた剣だけが朝日を返し、そこには輪郭の薄い、誰でもない男が映っていた。