向かい側の配信者

怪異配信者の室伏青磁は、「対岸駅」の噂を生放送で検証した。午前一時過ぎ、私鉄の窓が暗転し、扉の外に見知らぬホームが現れた。

視聴者が古いまとめサイトを貼った。

《対岸駅で向かいのホームに自分がいても、手を振ってはいけない。先に振った方が、映像の中へ残る》

青磁はカメラへ笑った。

「こういうの、向こうが振るまで待てばいいんだろ」

向かいのホームに人影が立っていた。配信画面では、視聴者数の横に「撮影者二名」と表示され、青磁がカメラを振るたび、もう一つの視点が半拍遅れて追ってきた。同じ緑のジャケット、同じ帽子、同じ自撮り棒。顔も青磁だった。ただし額から血が流れ、スマホの画面は割れている。

コメント欄は「振るな」で埋まった。

向こうの青磁は動かない。視聴者数だけが増え続ける。撮れ高を逃すまいと、青磁は片手を上げ、一度だけ大きく振った。

向こうの青磁は手を振り返さなかった。

代わりにスマホをこちらへ向け、配信開始のボタンを押した。

画面が真っ暗になった。

青磁は自宅の机で目を覚ました。生配信は終了し、アーカイブも途中で途切れていた。額に傷はない。緑のジャケットも部屋にある。

ただ、配信サイトには別のアーカイブが一本増えていた。

《対岸駅・帰宅編》

投稿者は青磁のアカウント。映像には、向かいのホームに残された青磁が映っている。彼は必死に何か叫び、こちらへ手を伸ばしていた。撮影者は一言も話さず、電車に乗って青磁の部屋まで帰ってくる。

翌朝、スポンサーとのオンライン会議に接続すると、参加者欄に「室伏青磁」が二人いた。一人は自分。もう一人はカメラを切り、ミュートにしている。

担当者が笑った。

「青磁さん、二台で入ってますよ」

もう一人のミュートが解除された。

『すみません。向こう側が回線を使っているみたいで』

青磁と同じ声だった。

会議アプリは自動で本人確認を行い、青磁の画面に警告を出した。

《本人ではない参加者を退出させます》

退出させられたのは、青磁の方だった。

スマホには、もう一人から会議招待が届いた。

《次回の配信場所:対岸駅

 ゲスト:室伏青磁(向かい側)》