呪われた靴を脱ぐ真鍮床
テシュの靴は、東へ歩き続ける呪いにかかっていた。
立ち止まれば爪先が勝手に床を掻き、眠れば身体ごと引きずる。三日三晩歩かされ、足は腫れ、靴紐は皮膚へ食い込んでいた。切ろうとしても刃が折れ、脱ごうとすれば靴が「足こそ付属品だ」と締め上げる。
東門の手前にある宿《西向き鹿》へ、テシュは走り込むように入った。
「壁を貸せ! 朝まで俺を縛ってくれ!」
宿主オミナは縄ではなく、受付前の真鍮板を指した。
「うちの商品は《装備を脱げる床》です。そこへ立ってください」
「立ち止まれない!」
「床の上なら、歩いて構いません」
板へ足が乗る。
靴は東へ踏み出そうとした。だが真鍮板の縁に刻まれた文字が光る。
――道具は持ち主ではない。
一歩目で右の靴紐が緩んだ。二歩目で左の留め金が跳ねる。三歩目、靴は怒ったように踵を鳴らし、テシュの足だけを東へ残そうとした。
オミナが板の端を踏む。
「この宿では、客が道具を使います。道具が客を使ってはいけません」
真鍮の文字が白く燃え、呪いが黒い糸になって靴底から引き抜かれた。
黒い糸は真鍮板の中央で東を指す矢印になり、なおも這おうとした。板の文字がその矢印を丸く囲み、方角ではなく、ただの染みに変える。三日間テシュを引いた命令が、そこで初めて行き先を失った。
ぽん、と間抜けな音が二つ。
靴が脱げた。
テシュは勢い余って裸足で三歩進み、そこで止まった。止まれたことに気づくと、床へ座り込み、腫れた足の指を一本ずつ動かした。
その夜、彼は客室の寝台で、足をどこにも向けずに眠った。呪われた靴は真鍮板の上で西を向き、朝までぴくりとも動かなかった。
翌朝、テシュは宿代と解除料を払い、さらに銀貨五枚を置いた。
「呪具迷宮へまた行く。帰ったら最初にこの床を踏む」
「靴はどうします?」
「置いていく。道具として反省するまでな」
借りた草履で通りへ出た彼は、東ではなく好きな方角へ曲がった。
オミナが真鍮床を布で磨くと、玄関のベルが鳴り、黒い糸が最後の一筋まで消えた。