命を買う値札

地下競売場で、百人の捕虜が番号札を首に下げていた。

商人バシュトは空の財布へ悪魔エルケスを呼んだ。契約すれば、血の一滴が金貨一枚になる。ただし金貨一枚につき、過去の一日が記憶から消える。

競売人が最初の少女を壇上へ立たせた。

「十枚から」

バシュトは親指を切った。十滴の血が床へ落ち、十枚の金貨になった。

少女は落札された。代価に、昨日の記憶が十日分消える。どこで眠り、誰と話したか分からない。

次の男は二十枚。次は三十五枚。

捕虜ニマヤが檻の中から叫んだ。

「やめろ。全員買えば、あんたの人生がなくなる」

競売場の出口は武装兵に囲まれている。力で奪えば、捕虜が先に殺される。所有権を買うしかない。

バシュトは手首を切った。

金貨が雨のように鳴る。

百日、二百日、一年。旅の道順が消え、商売の始め方が消え、ニマヤと出会った日の記憶が消える。彼女を救おうと思った理由も薄くなる。

それでも帳簿へ番号を一つずつ書き、自分の所有として署名した。最後に《全員解放》と追記する。

競売人は値を吊り上げた。

「残り一括、一万枚!」

エルケスが財布の口から囁く。

「一万日だ。二十七年と少し。払えば、生まれた日まで失う」

バシュトは腕を深く裂いた。

一万枚の金貨が床を埋め、競売人の膝まで積み上がる。鐘が鳴り、売買が成立した。

捕虜の首輪が一斉に外れる。

兵たちは契約印に逆らえず、道を開けた。ニマヤがバシュトの腕を縛り、外へ連れ出す。

地上の朝日を見たとき、彼は立ち止まった。

空の色を初めて見るような顔をしている。

「ここはどこだ」

ニマヤが名を呼ぶ。

「バシュト。私よ」

彼は自分の胸元を探った。商人証には同じ名が刻まれている。だが、その文字へつながる記憶は一日も残っていない。母の顔も、故郷も、なぜ金を嫌っていたのかも消えた。

足元の財布だけが膨らんでいた。中には金貨ではなく、小さな光景が何千枚も重なっている。彼の過去だった。

エルケスが財布の内側から笑う。

「よい買い物をしたな。百人の明日と引き換えに、おまえの昨日を全部もらった」

解放された者たちは彼を恩人と呼んだ。

けれど本人には、その人々を買った覚えも、自由という言葉を選んだ自分もなかった。競売場から出てきたのは、名札だけを胸につけた、生まれたばかりの大人だった。