嘘をつく加速度
カメラは落ちていなかった。
関口尚登技官は、加速度の線を真田巡査へ見せた。路上で被疑者が死亡した夜、真田のボディーカメラは「殴られて胸から外れ、地面へ落下したため記録不能」と報告されている。映像は消去され、本体の外装だけが証拠倉庫に残った。
「この線が何だっていうんです」
真田は椅子に深く座った。
「装着中は歩行に合わせて上下します。落下すれば急激な衝撃が出る。あなたのデータには、八十三秒間、胸の高さで直立した動きが続いている」
「センサーの故障だ」
「最後は衝撃ではなく、ゆっくり九十度回転して静止しています。手で外し、机か棚へ置いた動きです」
観察窓の向こうで蟹江捜査一課長が腕を組んだ。死亡した被疑者は連続強盗の容疑者で、世間は警察に同情している。真田一人の「機器操作ミス」で終える方針だった。
「映像がない以上、中身は分からない」
蟹江がスピーカー越しに言った。
「技官は物理データだけ説明しろ」
尚登はマイクを切らなかった。
「真田巡査。誰が外せと言いましたか」
「誰も」
「では、なぜ外した」
「被疑者が暴れたからです」
「暴れていた八十三秒間、カメラは安定しています。外したのは、そのあとです」
真田の額に汗が浮いた。
「倒れたあと、課長が……映像を確認すると。壁に向けて置けと言われた」
蟹江が扉を開けた。
「今のは誘導だ。調書に取るな」
真田は口を閉じた。尚登も分かっていた。加速度計は、映像の内容を証明しない。蟹江が何をしたかも映さない。ただ、落下事故という報告だけを否定する。
「センサーは鑑定基準外だ」
蟹江が言った。
「これを正式報告にすれば、科学捜査研究所ごと信用を失うぞ。お前の同僚が出した過去の鑑定まで掘り返される」
尚登は波形の印刷紙を見た。嘘をついているのはセンサーではない。センサーに嘘をつかせようとしている人間だった。
鑑定書の結論へ、「落下を示す衝撃なし。人為的取り外しと整置に整合」と入力する。続けて、真田の発言を時刻付きで付記した。
蟹江が真田へ目配せする前に、尚登は電子署名を確定した。