四十二センチ上の空

資材リフトは十二時二分、弁当一個ぶんの軽さだけを屋上へ運んだ。

屋上庭園の引き渡し前日。改装現場の仮設事務所から、岸本悠里の昼食が消えた。悠里が設計したベンチは、現場監督の早川に「座面が低すぎる」と何度も直されかけた。高齢者も子どもも足を着けやすい四十二センチにした理由を、会議ではうまく説明できなかった。

資料には数値を書いたが、若手のこだわりとして流された。悠里は反論するたび声が細くなり、最後は図面を守ることだけで精いっぱいだった。完成しても、誰にも座ってもらえない気がしていた。

昼、弁当の入った灰色の袋が机からなくなった。事務所にいたのは早川、インターンの片桐、建物オーナーの尾上。片桐は図面をコピーし、尾上は鍵を受け取りに来た。早川は資材リフトの点検をしていたという。

リフトの運転記録には、十二時二分に「軽量一件」。机の上の巻尺は、四十二センチで止まっている。屋上カメラの小さな画面には、新しいベンチの端から灰色の布が揺れていた。

悠里が屋上へ上がると、弁当は中央のベンチに置かれていた。早川が隣で缶コーヒーを飲んでいる。

「盗難の説明をお願いします」

「昼飯の場所を変えただけだ」

「本人の許可なく?」

「この高さで本当に食べやすいか、設計者に検査してもらう」

悠里が座ると、両足がきちんと床へ着いた。背もたれへ体重を預けても、立つときには自然に前へ重心を移せる。植えたばかりの低木の向こうに、街が広がる。早川は自分の膝へ視線を落とした。

「母親を連れてきた。膝が悪いんだが、一人で座れて、一人で立てた」

会議で悠里の案を退けようとしたことを、早川は謝らない。ただ巻尺を差し出した。

「四十二で正しかった。図面に俺の判を押した」

弁当袋の横には、二本の缶コーヒーがあった。片方は無糖。悠里がいつも選ぶものだ。

「それを言うために、弁当をリフトで?」

「呼んでも来ないと思った」

「来ませんね」

「だから荷物を先に呼んだ」

悠里は弁当を開け、ミニトマトを一つ口に入れた。風が髪を持ち上げる。

早川がベンチの端を叩いた。

「座り心地、報告書に書いてくれ」

悠里は空を見たまま答えた。

「昼休みに適しています」