四十円ぶんの帰り道
同窓会の帰り、私は摩耶と二人で、昔使っていた路線バスに乗った。十年ぶりに並ぶ座席は狭く、窓の外には制服で歩いた坂道が流れる。降車ボタンに指を置くと、四十円足りなかった日のことを思い出した。
高校一年の冬、定期券をなくした私は、財布に百六十円しか持っていなかった。運賃は二百円。父へ連絡してもつながらず、運転手の前で鞄の底を何度も探った。後ろの列から、摩耶が十円玉を四枚、料金箱へ入れた。
「貸しね」と小声で言ったのに、私は「かわいそうって思った?」と噛みついた。家にお金がないことを知られた恥ずかしさを、彼女へぶつけたのだ。翌日四十円を机へ置き、それから卒業まで必要以上に近づかなかった。
同窓会で再会した摩耶は、そのことを覚えていないようだった。乾杯し、仕事の愚痴を言い合い、自然に同じバスへ乗った。私はずっと、謝る機会を探している。
車内放送が次の停留所を告げる。言わなければ、また降りてしまう。
「昔、四十円出してくれたよね」
摩耶は少し考え、「ああ、怒られたやつ」と笑った。
私はあの日の事情と、恥ずかしくて傷つけたことを話す。摩耶は窓の外を見たまま、「返してもらったから、終わったと思ってた」と言った。
「でも、私の中では終わってなかった」
そう伝えると、彼女は手を出した。「じゃあ利子。自販機のココア一杯」
停留所で降り、二人で古い自販機へ向かう。私は温かい缶を二本買い、一本を渡した。百六十円。あの日の四十円より高い。
借りは金額どおりには返らない。謝罪も、受け取った優しさも、同じ形には戻せない。それでも、抱えたまま距離を置くより、違う形で差し出せばいい。
摩耶が缶を開け、「これで本当に終わり」と言う。私は首を振った。
「終わりじゃなくて、今度は普通に帰ろう」
車内の運賃表示は電子画面に変わり、四十円という端数はどこにもない。けれど私の中では、あの日から今日までを測る小さな単位だった。
私たちはバス停から先の坂を、制服の頃よりゆっくり、同じ歩幅で歩いた。