地図にない迂回路
午前零時、筑紫野朔也刑事は古いタクシーを走らせた。
助手席には額賀倫夫刑事部長が座っている。十一年前、運転手の畑中仁は乗客を殺し、遺体遺棄現場へ向かったと認定された。メーターの走行距離が、畑中の説明より六・八キロ長かったためだ。
「判決どおりの経路をなぞればいい」
額賀が言った。
筑紫野は裁判提出地図の太い赤線を進んだ。川沿いの橋へ差しかかると、助手席から即座に声が飛んだ。
「そこは当時、通れない。次を右だ」
筑紫野はブレーキを踏んだ。
「裁判地図には通行止めがありません」
額賀は黙った。
筑紫野は市の倉庫から見つけた道路工事命令書を出した。事件当夜、橋は夜間全面閉鎖。指定迂回路を走ると、距離は畑中のメーターと一〇〇メートル以内で一致する。料金も、畑中が会社へ納めた日報の数字とぴたり合った。日報は裁判前に押収されていたのに、《経路不明のため証拠価値なし》として提出されていない。現場写真の端には通行止め標識も写っていたが、法廷提出版ではその部分だけ切り取られていた。畑中は客を駅へ送っただけだった。
命令書の警察協議欄には、当時交通課員だった額賀の署名がある。額賀は通行止めを知りながら、捜査本部へ伝えなかった。
「畑中は別件の暴力団運転手だった」
額賀はフロントガラスを見たまま言った。
「逮捕する必要があった。遺体の件も、状況は黒だった」
「だから地図から迂回路を消した?」
「組織犯罪を止めるには、きれいな手だけでは足りない。今さら出せば、潜入捜査まで法廷に引きずり出される。お前の班も解体だ」
筑紫野は再び車を出した。指定迂回路を一周し、メーターが判決記録と同じ数字を示すまで走る。
助手席の額賀は、最後まで何も言わなかった。
署へ戻る手前で筑紫野は停車し、ダッシュカメラの記録を証拠保全サーバーへ送った。額賀が「当時通れない」と言った声も入っている。
彼は工事命令書を再捜査報告へ添付し、《地図作成時の意図的除外》と入力して送信した。