塾へ行かない首席
紫竹原由綺は、塾へ通っていなかった。
教科書は卒業生から譲られたもので、参考書は図書館から借りる。三田村琴美は、週六日の進学塾と家庭教師を誇った。
「お金がないなら、国立一本に絞るしかないね。私立は受験料も高いし」
由綺は、行きたい学校を受けるつもりだと答えた。
模擬試験の結果は、由綺が学年首席。琴美は、独学では本番に弱いと笑い、学校推薦の面接でも「家庭の支援が乏しい生徒」と説明した。
その翌週、学校へ教育財団の理事長が来た。新しい奨学制度の発表だった。
理事長は由綺の祖母だった。
紫竹原家は、大学、専門学校、学習塾を全国で運営する教育グループの創業家。父が理事長代行、母が出版社の社長。由綺は豪邸から通える立場だったが、公立図書館と無料教材だけで、どこまで学べるかを自ら検証していた。書き込みのない古本を選び、家の出版社へ新品を用意させることも一度もなかった。教材を持てない生徒と同じ条件で学ばなければ、何が本当に足りないのか分からないと考えていた。
彼女が借りた参考書には、間違いや分かりにくい説明へ付箋が残されていた。それを基に、財団は全科目の無料教材を作成し、全国へ公開することになった。由綺は編集責任者で、使用料は一円も取らない。
琴美は納得しなかった。
「無料で配ったら、家の塾が損するじゃない」
祖母は静かに答えた。
「学びたい子を困らせて得る利益は、教育ではありません」
さらに琴美が推薦面接で提出した活動実績の大半が、父の寄付と引き換えに塾から発行されたものだと判明した。学校は推薦を再審査すると告げる。
一方、由綺には海外名門大学から、研究奨学金付きの合格通知が届いていた。家の資産を使わず、自分の成績と論文で得たものだった。
校長が新制度を発表する。
〈受験料、教材費、交通費を所得にかかわらず支援。基金総額百億円〉
最初の申請端末へ由綺が起動キーを入れた瞬間、琴美が貧しさと決めつけた独学は、誰もお金を理由に席を失わない全国最大の教室へ変わった。