墓地入口の白い花

 浜路弦は、母の命日に墓参りへ来た。

 花を供え、線香へ火をつけたところで雨が降り始めた。

 墓地入口の花屋まで戻り、軒下へ入る。店番の青年が、濡れた鉢を奥へ運んでいた。

「予報、外れましたね」

 弦が言うと、青年は空を見た。

「花屋は、雨の予報を半分しか信じません。水やりを休むか迷うので」

 軒先には白い菊が何束も並んでいる。

 弦は毎年、母が好きだった赤い花を選ぶ。

 今年も赤いダリアを供えたが、雨の中では色が濃すぎるように見えた。

「白い花は、寂しくないですか」

 何となく訊くと、青年は一本の白い菊を持ち上げた。

「花は色より、置かれた場所で雰囲気が変わります」

「墓地だと寂しい?」

「雨の日は、きれいです」

 青年は軒下の桶へ水を足した。

 菊の葉から、青く少し苦い匂いが立つ。

「誰かのための花ですか」

「母です」

「どんな人?」

 弦は答えに迷った。

 優しい人、と言えば簡単だが、実際はよく怒り、よく笑い、片づけが苦手だった。

「赤いものが好きでした」

「では、赤で正解ですね」

 青年は詳しく訊かなかった。

 代わりに、折れた白い花を一本、短く切って小瓶へ挿した。

「これは売れないので、軒下用」

「捨てないんですね」

「短くなった花は、低い場所で咲きます」

 雨宿りの間、二人は花の持ちについて話した。

 水を替えること、茎を切ること、葉を水へ浸けないこと。

 弦は母の墓へ、毎年花を置いて帰るだけだった。次に来たとき、どうなっているか考えたことがない。

 雨が上がると、墓石の間から薄い光が差した。

 青年は短い白菊を弦へ渡した。

「赤い花の隣へ、一輪だけ」

 弦は受け取り、もう一度墓へ戻った。

 雨に濡れた赤いダリアの隣へ、白い菊を挿す。

 色は違うのに、並ぶとどちらも静かだった。

 墓石から雨粒が落ち、線香の残り香と湿った土、菊の青い匂いが混じる。

 弦は母へ話しかけなかった。

 ただ花の茎を少し短く切り、水を替えた。

 帰るころ、空は明るくなり、白い一輪が赤い花の間で小さく光っていた。花屋の軒から落ちる最後の雫も、石畳で静かにほどけた。