売却済みの二人掛け
十四時五十分。春日拓己と若槻美弥は、閉鎖する共同事務所で古い二人掛けソファを玄関まで運んでいた。買い手が来るまで十分。二人が会社員の傍ら作ったデザイン室も、今日で解散する。
ソファは開業初日に中古で買った。片側のばねが沈み、美弥はいつも高いほう、拓己は低いほうへ座った。徹夜明けに肩が触れても、どちらも動かなかった。恋人ではないからこそ仕事が続く、と拓己が言い、美弥は「便利だね、その理屈」と笑った。ソファの背には、最初の納品日に二人で寝落ちして付けたインクの染みがあり、買い手にも消えないと説明してあった。
「説明欄、変だったぞ」と拓己が言った。「二人暮らしにおすすめ、って」
「そういう商品文のほうが売れるから」
「美弥も、次は二人暮らしなんだろ」
「どうして?」
「海外へ一緒に行く人がいるって聞いた」
「共同プロジェクトの担当者。部屋は別」
安心したことを悟られたくなくて、拓己はソファを持ち直した。
「向こうでいい人を見つけろよ」
「最後までそれなんだ」
十四時五十七分。配送業者のトラックが着いた。ソファを傾けると、底布の隙間から折れた紙が落ちた。三年前に二人で見た賃貸物件の間取り図だった。二LDKの一室に〈仕事〉、もう一室に〈二人〉と美弥の字である。
裏には、拓己へ見せるはずだった文章が残っていた。
〈事務所と家を一緒にしない? 友達をやめる意味で〉
日付は、拓己が地方勤務を決めた日の前夜。彼は美弥から「明日、相談がある」と届いたのに、転勤の報告だと思い、先に〈仕事は離れても続けよう。俺たちは友達だから〉と送った。美弥は間取り図を見せず、ソファの下へ落としたままにした。
「見つけるの遅い」と美弥が言った。
「今からじゃ駄目か」
「明日の便で二年。待ってとは言えない」
「待つって言ったら?」
「三年前なら、信じた」
業者が荷台から呼ぶ。拓己は間取り図を折り直し、ソファの座面へ置かなかった。最後に沈んだ側を一度押し、トラックの扉を閉めた。