夜勤明けの窓辺

 芝崎奈津芽は、夜のオフィスビルを守っている。

 誰もいない廊下を巡回し、消し忘れた照明を落とし、午前三時の監視画面を見つめる。朝になって会社員たちが入ってくる頃、奈津芽の一日は終わる。

 彼女にとって日の出は、始まりではなく「早く寝なければ」の合図だった。

 猫を見つけたのは、地下駐車場の精算機の裏だった。

 青みがかった灰色の猫で、瞳だけが薄い橙色をしていた。警備室で夜を越させ、明け方に病院へ連れていく。その帰り、東の空と同じ色の目を見て「暁」と呼んだ。

 暁は朝が好きだった。

 奈津芽が遮光カーテンを閉めようとすると、窓と布の間へ入り込む。細い隙間から差す光を追い、床の上で前足を伸ばす。

「私はこれから夜なの」

 抱いてどけても、また戻る。

 結局、奈津芽はカーテンを閉める前に五分だけ窓辺へ座ることになった。

 最初の日、空は白かった。

 次の日は雲の底が桃色だった。その次は、向かいのアンテナに雀が三羽並んだ。

 暁は毎朝、同じように窓枠へ顎をのせたが、景色は少しずつ違った。

 夜勤で失敗した朝があった。

 巡回記録の時刻を一行ずらし、上司に注意された。簡単なことさえできない自分が情けなく、帰宅しても制服を脱げずにいた。

 暁は窓辺で待っていた。

「今日は見なくていい」

 奈津芽がカーテンへ手をかけると、猫はその手へ鼻を押しつけた。

 二人で座る。

 空は曇っていて、朝日は見えなかった。それでも雲の向こうから明るさは増し、部屋の輪郭がゆっくり戻ってきた。

 暁の背を撫でると、夜のあいだ冷えていた指へ熱が移る。

「何もきれいじゃない朝もあるね」

 猫は短く鳴いた。

「でも朝ではあるか」

 迷い猫の掲示に連絡はなく、暁は正式に奈津芽の家で暮らすことになった。

 遮光カーテンはそのままだ。ただし、閉めるのは毎朝五分後。

 その日、奈津芽は蜂蜜を入れた白湯を飲みながら、灰色の空が淡くほどけるのを見た。暁は膝で丸くなり、喉を鳴らす。

 やがてカーテンを閉めると、部屋は柔らかな暗闇になった。蜂蜜の甘い香りと、朝日に温められた猫の毛の匂いを抱え、奈津芽はようやく自分の夜へ眠りに落ちた。