太鼓の余韻でさよなら
実家の物置で、芙由は片方だけの撥を見つけた。
持ち手には白いテープが何重にも巻かれ、〈十七〉と油性ペンで書いてある。高校最後の夏祭りで使えなかった撥だ。
和太鼓部の芙由は、本番の二週間前に右手首を痛めた。医師から演奏を止められたが、最後の祭りだからと隠して練習を続け、ついに撥を握れなくなった。浴衣で見に来ると約束した祖母にも、中央で叩く自分を見せたかった。休むことは、期待してくれた人まで裏切ることだと思っていた。
「私の場所、なくなる」
部長の珠生にそう言うと、珠生は怒った。
「場所と音を同じにしないで」
本番当日、芙由は舞台袖に立たされた。演奏には入れない。その代わり、曲の開始と転調を知らせる合図を任された。
客席からは見えない。浴衣姿の友達にも、家族にも、芙由がそこにいるとは分からない。
祭り囃子が止み、静寂が落ちる。
芙由は左手に一本だけ撥を持ち、高く掲げた。振り下ろす。
珠生たちの一打目が、腹の底へ響いた。
悔しかった。自分も叩きたかった。涙で舞台が滲んだ。
それでも曲の途中で珠生がこちらを見た。次の合図を待っている。芙由が撥を横へ振ると、八人の音が一斉に変わった。
音を出していなくても、自分の呼吸が曲の中にある。その事実が、悔しさと同じ強さで胸に残った。
最後の一打のあと、余韻が境内を渡った。珠生は舞台袖へ駆け込み、芙由の左手に自分の撥を重ねた。
「これで終わり」
「私、叩いてない」
「始めたでしょ」
二人は泣きながら笑った。
十年後、芙由は演奏へ戻らなかった。手首は治ったが、別の道を選び、今は子どもの放課後教室で働いている。
今年、教室の子どもたちが地域の夏祭りで太鼓を披露する。芙由は倉庫から出てきた撥を一本、緊張で固まる少女へ渡した。
「先生の大事なやつじゃないの?」
「大事だから、次に使う人に渡すの」
舞台袖で芙由は左手を上げる。少女たちがこちらを見る。
振り下ろした瞬間、一打目が夜へ広がった。
十七歳の余韻を終わらせるのではなく、その先に新しい音を置くように。