奴隷印が王家の紋章を呑む
「能力なしの奴隷が自由を口にした。それだけで死ぬ理由は十分だ」
侯爵は藤代奈々の背中に焼印を押し、処刑柱へ鎖でつないだ。
転生した奈々の腕には、生まれたときから奴隷印があった。
印は命令へ逆らうたび肉を焼く。彼女は鉱山で帳簿を覚え、奴隷の買い付け数が王国の人口記録を越えていると気づいた。死者の名で補助金を受け取り、生きた人間を闇市へ売っていたのだ。
証拠を持って役所へ行くと、侯爵本人が待っていた。
公開処刑では、王家の印章で奴隷印を破裂させる。
侯爵が赤い王印を掲げると、奈々の背中が焼けた。
群衆の中には同じ印を持つ者が何百人もいる。誰も顔を上げられない。
奈々の意識に、黒い文字が浮かんだ。
《印喰い》
自分に刻まれた印へ、一度だけ別の権威印を食わせる。
消すのではない。
食わせる。
奈々は痛みの中で笑った。この印が何万人もの命を奪ってきたなら、最後に一つくらい役立ってもらう。
侯爵が王印を処刑柱へ押しつける。
奈々は能力を使った。
背中の奴隷印が口のように開いた。
黒い線が王印へ飛びつき、赤い紋章を丸ごと呑み込む。侯爵の指輪から印が消え、王城の旗、税務所の公印、兵士の盾に刻まれた王家紋まで一斉に黒い線へ吸い込まれた。
王国全土の奴隷印が熱を持つ。
次の瞬間、それらは鎖ではなく鍵の形へ変わり、持ち主の拘束具を内側から開いた。
侯爵が命令を叫ぶ。
兵士たちの契約印はもう反応しない。
王権測定碑には《権威残量・零》と浮かび、巨大な碑石が音もなく崩れ落ちた。
奈々の鎖も外れた。
背中の印は最後に小さく震え、王家の紋章を吐き出さず、そのまま消えた。
群衆の中で、鉱山奴隷たちが一人ずつ腕を確かめる。
跪くよう命じられても、誰も膝を曲げなかった。
処刑を監督していた辺境軍の女将軍が、観覧席から立つ。
彼女は王家の盾を地面へ置き、奈々へ剣の柄を差し出した。
臣従ではなく、対等な者へ示す握手だった。
さっきまで一人の奴隷を見下ろしていた広場に、もう奴隷は一人もいなかった。
そして全員が、自由を最初に立った奈々の姿で覚えようとしていた。