姉の顔で入店する

諸星久美乃は、死んだ姉の顔で買い物をした。

姉は九百七十点の銀行員、久美乃は百九十点の非正規労働者だった。母の治療費を払うため無許可の副業を重ね、交通費を滞納し、医療区への入場資格まで失っていた。

姉の死後三十日間、遺族には口座整理用の代理認証が与えられる。顔面投影を起動すると、店の扉が音もなく開いた。

「お帰りなさいませ、諸星様」

同じ名字なのに、久美乃が自分の顔で来たときは一度も聞かなかった言葉だった。

最初は母の薬を買うためだけだった。だが代理期限が切れても、久美乃は違法な顔面データを消せなかった。姉の顔なら求人面接を受けられ、温かい店内で食事ができた。人々は声を柔らかくし、道を譲った。

やがて勤め先で、姉の元婚約者と出会った。彼は久美乃を姉だと思い込み、「あの夜の続きを話したい」と言った。

姉は事故死だと聞いていた。だが彼の話では、姉は死の前日、銀行の信用差別を告発する資料を持ち出していた。完璧な点数に耐えられず、婚約も仕事も捨てるつもりだったという。

久美乃は姉の保管領域を開いた。そこには告発資料と、自分宛ての未送信文があった。

――あなたを助けなかった。点が落ちるのが怖かった。私の顔が役に立つなら、最後に使って。

久美乃は資料を公開した。姉の顔のまま会見に立ち、最後に投影を切った。

画面には、疲れた自分の顔が現れた。代理詐称で信用点はゼロになり、職も住居も失った。告発は調査対象になったが、すぐに制度が変わることはなかった。

それでも久美乃は、姉の名で褒められる生活へ戻らなかった。

低信用区で母と暮らし、顔を隠さず差別相談の手伝いを始めた。入口の古い扉は自動では開かない。誰かが来るたび、久美乃は自分の手で開ける。

鏡に映る顔は、姉ほど整っても高得点でもない。けれど、それを見て返事をする人々は、ようやく久美乃本人に話しかけている。

母もまた、姉ではなく久美乃の名を呼んで、玄関の鍵を開けるようになった。