婚約者は潜入捜査中

刑事の槻橋彰吾は、重要参考人の志多伯莉々子を守るため、婚約者のふりをして彼女の実家へ入った。

「家族には捜査を秘密に」と上司。

「恋人らしい会話は苦手です」

「警護対象から離れるな。それだけだ」

夕食で、莉々子の父が尋ねる。

「娘とはどこで知り合った」

彰吾は答える。

「張り込み中です」

莉々子が慌てる。

「パン屋の張り込みね」

「三日間、向かいの車から見ていました」

母の箸が止まる。

「それは恋人ではなく不審者では?」

「職務でした」

「どんな職務?」

「彼女の行動確認」

父が低く言う。

「交際前から監視を?」

莉々子が笑顔を作る。

「熱心な人なの」

父はさらに尋ねた。

「娘を守れるか」

「二十四時間、必要なら」

「位置情報も?」

「常時把握します」

母が青ざめる。

「支配的すぎません?」

「危険を察知したら、即座に身柄を確保します」

莉々子が肘で突く。

「言い方」

彰吾は恋人らしい話題へ変えようとした。

「莉々子さんの好きなところは、証言が一貫している点です」

「性格は?」

「質問へ正確に答える」

「笑顔は?」

「本人確認に有効です」

父は湯呑みを置いた。

「君に娘は渡せん」

彰吾も反射的に言う。

「それは困ります。今夜は私の監視下に」

「娘を物のように!」

その時、窓の外で枝が折れた。

彰吾は瞬時に明かりを消し、家族を床へ伏せさせた。庭へ飛び出し、潜んでいた容疑者を取り押さえる。応援の警察官が駆け込んだ。

父は手錠を見て固まった。

上司が事情を説明する。

「娘さんを狙う犯人の逮捕まで、槻橋が婚約者役で警護していました」

母が胸をなで下ろす。

「本物の監視だったのね」

父は彰吾へ尋ねる。

「では結婚は偽物か」

「任務上は」

莉々子が割り込む。

「今後は本人の意思を確認します」

父はしばらく考え、うなずいた。

「監視は反対だが、守ったことには礼を言う。交際は一日八時間から始めろ」

彰吾は敬礼しかけ、手を下ろした。

莉々子の父は契約条件のように続けた。

「位置情報の共有は禁止。尋問は月一回まで」

彰吾は答える。

「交際規則として記録します」

莉々子が笑う。

「そこは刑事のままなんだ」

潜入捜査は終了し、試用交際が始まった。