家族割から外れる日

十八時五十分。野々村崇は携帯ショップで、回線分離の申込書を見ていた。福井にいる浅見瑶は、店員のタブレットに映っている。閉店は十九時。手続き完了まで十分だった。

二人は学生時代から同じ家族割に入っていた。結婚していないため、本当は家族ではない。店員に関係を聞かれ、瑶が咄嗟に「従姉妹です」と答えた日から八年、請求書だけが毎月同じ住所へ届いた。崇の部屋には、瑶が最初に使っていた青いSIMカードの台紙が残っている。裏に彼女の暗証番号が鉛筆で書かれていた。毎月の明細では二人の通話時間だけが桁違いに長く、店員に笑われたこともある。無料通話の表示が、離れていても同じ家計にいる証拠だった。

「私の回線、今日で外して」

瑶が言った。

「分かった」

「理由、聞かないの?」

「家族じゃないまま使うのが嫌なんだろ」

「うん。嫌」

崇はそれを、恋人ですらなくなるという意味に受け取った。ここ半年、会う約束は三度流れた。結婚の話を出すたび、瑶は「直接話したい」と先延ばしにした。遠距離を理由に決めない人間と、割引だけ共有するのは滑稽だった。

店員が本人確認を進める。残り五分。

「新しい契約先は?」と崇が聞いた。

「そっちと同じ」

「じゃあ、外す必要ないだろ」

「今の関係のままでは、ね」

瑶の映像が止まった。福井側の通信障害らしい。

十八時五十八分、崇は電子署名をした。画面に〈家族グループ解除〉と表示される。

その瞬間、宅配便の通知が届いた。玄関の置き配写真には、瑶からの封筒が写っている。店員が許可してくれたため、管理アプリで中身の電子控えを開く。

婚姻届だった。瑶の署名と証人欄は埋まり、付箋に〈従姉妹をやめて、本当の家族になりたい〉

回線が戻る。

「先に届くはずだったのに」と瑶が言う。

「だったら、そう言えよ」

「直接、顔を見て言いたかった。明日の切符も取った」

店員が、解除は即時反映で元に戻せないと説明した。再登録には同住所か婚姻証明が必要になる。

瑶は少し笑った。「じゃあ、証明できるようになったら連絡して」

通話が切れる。十九時、店内の照明が落ちた。

崇は青いSIMカードの台紙を店員へ渡し、不要書類の箱へ捨ててもらった。