封蝋が読み上げた命令

収穫感謝の宴で、飢えた村からの嘆願書が読み上げられた。

「穀倉を開く命令を、君が三週間も止めた」

 婚約者ガルディエ侯爵は、ノルディカへ非難の目を向ける。

「領民を見殺しにする女との婚約を破棄する」

 嘆願書には、母親が薄い粥を子へ譲り、自分は水だけで眠ったと記されていた。ノルディカは豊作の年から備蓄を増やし、凶作の報告が届いた日に開倉命令を作った。それが届いていないと知ったのは、今この場である。ガルディエは彼女の驚きを罪悪感と呼び、客たちはもう、冷酷な領主の物語を信じ始めていた。

 ノルディカ・グローヴは、嘆願書ではなく、開封されていない穀倉命令を見た。今すぐ馬を出したい衝動を抑える。ここで責任を曖昧にすれば、次の村でも同じ封が止められる。救援を急ぐためこそ、誰が止めたかを一度で決めなければならない。封蝋には残声術が施されている。印を押した瞬間、命令者が口にした一文を保存する証拠魔法だ。

「救荒卿セヴェロ。命令書をこちらへ」

 セヴェロは封を切らず、彼女へ渡した。彼が庇えば政治になる。封蝋に語らせれば事実になる。

 ノルディカは蝋へ爪を入れた。赤い印が割れ、低い声が宴会場へ響く。

『発送を三週間止めろ。村が騒いだら、承認者ノルディカの責任にしろ』

 ガルディエの声だった。彼の紋章魔力が、声と同時に封蝋から立ち上がる。

「財政を守るための一時措置だ。実際に餓死者は出ていない」

「出る前なら、罪にしてよいのですか」

 彼は声を潜め、婚約を戻せば領地の損失を二人で覆える、と説得を始めた。

「二人で、ではありません。あなたが作った損失を、わたくしの持参金で覆うのでしょう」

 ノルディカは婚約証を命令書の上へ置く。

「破棄を受諾します。今夜、最初に動かすのは婚礼馬車ではなく、穀物車です」

 宴の外では、出発を待つ馬の蹄が石畳を打ち始めた。元婚約者に背を向けると、セヴェロが救援隊の先頭へ、と手を差し出した。ノルディカは宴の出口へ向かい、その手を取った。