屋台裏のチューニング

夏祭りの特設ステージで、軽音部が演奏することになった。

本番五分前、ギター担当がいなくなった。

探し回ると、屋台の裏でしゃがんでいた。派手な演奏をするくせに、本番前になると毎回逃げる。今日は浴衣の上から部のTシャツを着ていて、いつもより余計にちぐはぐだった。

「チューニング終わってるよ」

僕が言うと、彼女はギターケースを抱えた。

「指が動かない」

「昨日まで動いてた」

「昨日は花火がなかった」

演奏開始と打ち上げ時刻が重なる。最初の曲の静かなイントロが、花火の音に負けるのが怖いらしい。

「誰も聞こえなかったら?」

「弾いたことになる」

「失敗したら?」

「次の音を弾く」

マネージャーの僕が言えるのは、いつも同じことだった。

彼女は立たない。

僕は冷却箱からタオルを出し、首へかけた。氷水で冷えた布に、彼女が肩をすくめる。

「冷たい」

「目、覚めた?」

「心臓が起きた」

ステージから名前を呼ぶ声がした。

彼女は僕の手首をつかみ、指で四拍をたたいた。

一、二、三、四。

「ここにいて」

「舞台には上がれない」

「見えるところ」

僕はうなずいた。

演奏が始まる。

最初のコードと同時に花火が上がり、音は完全に消えた。客席から歓声が起こる。彼女の顔が一瞬固まった。

僕は舞台袖で、手首を四回たたいた。

一、二、三、四。

彼女は次のコードを弾いた。

二音目は聞こえた。三音目からバンドが入る。花火の振動とドラムが混ざり、どちらがどちらか分からなくなった。

曲が終わると、彼女はギターを掲げた。歓声が上がった。

舞台を降りた彼女は、冷たいタオルを僕へ投げ返した。

「最初、聞こえなかった」

「見えてた」

「何が」

「弾いたこと」

彼女は少し泣きそうな顔で笑った。

最後の大会ではなく、最後の文化祭でもない。ただの地域の祭りだった。それでも彼女にとっては、音が消えても演奏を続けた最初の夜だった。

翌週の部室で、彼女は新曲を持ってきた。

題名は『二音目から』。

イントロの前に、四拍分の無音があった。