崩さない階段

閉店後の百貨店で、古い非常階段を撤去する。宗像圭吾に渡された依頼はそれだけだった。

午前零時、切断機が踊り場へ刃を入れた。半分ほど進んだところで、刃が急に挟まった。

「鉄筋が多いな」

解体班長が大きい機械へ替えようとする。圭吾は切り口ではなく、隣の化粧壁に走った細い亀裂を見た。さっきまでなかった。階段を切った瞬間、壁の継ぎ目が開いている。

竣工図では、階段は建物本体から独立している。撤去しても他へ影響しないはずだった。だが三十年前の改装記録を探すと、売場を広げるために梁の一部をコア抜きした記載があった。補強図だけが見つからない。

「作業を止めます」

「朝までに穴を塞ぐ工程だぞ」

圭吾は踊り場の下へ入り、梁と階段の接点をライトで照らした。後から詰めたモルタルがつぶれ、荷重の跡がある。独立しているはずの階段が、いつの間にか弱くなった梁を支える形になっていた。

このまま切り離せば、すぐ全階が崩れるとは限らない。天井が少し下がり、シャッターが閉まらなくなり、昼の客が増えたところで何かが起きるかもしれない。

圭吾は撤去の代わりに支保工を組むよう指示した。切りかけた踊り場を上下から受け、亀裂へ印を付ける。大きい機械は現場から下ろした。

百貨店の担当者は青い顔で言った。

「明日の売場、開けられませんか」

「開ける場所を決めるために、今は壊せません」

構造担当者が到着したのは午前四時。計測の結果、梁は図面より七ミリ下がっていた。階段を先に支えなければ、撤去できないと判断された。

朝、シャッターは一部だけ開いた。閉鎖された区画の前で、店員が案内板を立てる。

圭吾は帰り支度をしていたが、構造担当者が新しい補強図を机に広げた。

「今夜、支える位置を決めたい」

切断した隙間へ薄い板を差し込み、動きがあれば分かる印も付けた。支えるだけで安心せず、朝まで変化を監視する。閉店中の静かな建物ほど、小さな音と亀裂がよく見えた。

圭吾はヘルメットを置き直した。解体現場では、壊さなかったものが、その日の成果になることもある。