巻き戻された走行距離
中古車店《オービットモーターズ》の店長、芦原豪は、走行距離二十万キロの車を三万キロへ改竄して売っていた。
整備士の弓佳が故障の危険を訴えると、芦原はボンネットを閉め、客の前で彼女を怒鳴った。
同じ手口で売った車は先月、高速道路でエンジンが停止した。事故にならなかったのは偶然だったが、芦原は修理依頼を拒み、「買った後の故障は客の運転が荒いせいだ」と口コミへ返信していた。
「女の整備士は数字も読めないのか。この車は極上だ」
客は、生まれた子どもの送迎に使う初めての車だと嬉しそうに話した。弓佳が引き止めようとすると、芦原は試乗を急かした。客が出た後、彼は診断機を弓佳へ押しつけた。後部座席には、子ども用シートを取りつける印までついていた。
「メーターを戻したのはお前ということにする。整備記録から古い距離を消せ」
弓佳が拒むと、芦原は自分で管理者コードを入力し、表示を三万キロへ変更した。さらに品質保証書へ《実走行、改竄なし》と署名する。
「署名なんか、問題が起きるころには忘れられてる」
翌日、自動車査定協会の抜き打ち検査が入った。芦原は、弓佳が客から金を取ってメーターを操作したと話す。
検査員は車載コンピューターをクラウドへ接続した。最近の車は、車検ごとの走行距離をメーカー側にも保存する。画面には二十万八千キロと表示された。
芦原は、コンピューターが交換品だと言い張る。
弓佳が診断機の履歴を提出した。管理者コード、操作時刻、入力者の顔写真が自動保存されている。写真には、店長席で笑う芦原が映っていた。
「誰かが俺の顔写真を使った!」
その言葉の直後、店内カメラの音声が流れる。
――メーターを戻したのはお前ということにする。
――署名なんか忘れられてる。
実走行を保証した書類は、客の手元に残っている。芦原自身の印鑑と署名つきだ。
本社監査部長は店長章を外し、警察官へ書類を渡した。
「芦原豪。懲戒解雇、ならびに詐欺および電磁的記録改竄の容疑で逮捕します」