幕間の厚切りトースト

小劇場の終演後、梢が併設バーで頼んだのは水だけだった。代役として立った舞台は無事に終わったが、緊張で胃が固まっている。そこへ厚切りトーストとココアが置かれた。

「注文してません」

怪しいのは演出家の香月、主演の六車、バーテンダーの黒部。香月は食べるまで帰さないタイプで、六車は開演前、梢の台詞回しにきつい言葉をぶつけていた。

トーストは台本の折り目と同じ斜めに切られている。ココアのマシュマロは二個のはずが一個だけ。伝票には席番号でなく「B―17」と書かれていた。

B―17は、舞台袖から照明へ送る合図であり、六車が本番中に使う立ち位置の番号でもある。そして六車は、飲み物に載ったマシュマロを必ず一個だけ先に食べる。

「六車さんでしょう」

楽屋口に隠れていた六車が出てきた。劇場では終演後、舞台のキュー番号をバーの端末へ送ると、登録した軽食を役者席へ出せる。六車はB―17にトーストセットを登録していたのだ。

「開演前、ごめん。あなたが私の真似をしようとしてるって決めつけた」

六車は喉を痛め、急きょ梢が代役になった。自分の居場所を取られる怖さから、梢の演技を否定した。だが客席で見て、真似ではなく梢自身の役になっていると分かったという。

香月は台本を一冊差し出した。次の朗読公演は二人芝居だった。六車は出演を条件に、梢を相手役として推薦していた。

「謝罪と勧誘を一皿に載せるの、ずるくないですか」

「直接だと、どっちも言えなかった」

代役は、誰かの不在で初めて立てる場所だ。梢は拍手を浴びながら、六車の不調を喜んだような罪悪感を抱えていた。六車もまた、自分の席が空いても舞台が続くことを怖がった。二人の恐れは反対に見えて、同じ椅子の両側にあった。香月は解説せず、次の台本を二人の間へ置いた。過去の席を奪い合うのでなく、新しい舞台を二つ用意するために。

梢はトーストの角をかじった。バターが染みたところだけ、驚くほど柔らかい。

六車が隣の椅子を引いた。

「次の幕、そこにいてくれる?」