平日温泉の同級生

 五味渕佑真と砂守千冬は、中学以来の友人である。

 佑真は親から譲られた貸家の収入で暮らし、千冬は前職を辞めて次を探していない。

 二人の共通の趣味は、平日の温泉へ行くことだった。

 木曜の午前十時、町外れの日帰り湯へ入る。

 駐車場は空いていた。

「働いてる人に申し訳ない」

 千冬が言う。

「温泉は罪悪感で薄まらない」

 佑真は受付で回数券を出した。

 露天風呂には二人しかいなかった。

 山の木々はまだ冬の色で、湯気だけが白く動いている。

 肩まで浸かり、二人はしばらく無言になった。

「何か話そう」

 千冬が言う。

「話さなくてもいいだろ」

「無言だと、考え事をする」

「では、湯船の石は何個見えるか」

 二人で数え始め、途中で湯気に隠れて分からなくなった。

 話題は、同級生の近況へ移った。

 結婚した人、店を始めた人、遠くへ転勤した人。

「私たちだけ止まってる感じする?」

 千冬が訊く。

「湯に入ってるから、今は止まるのが正解」

「出たあと」

「牛乳を飲む」

「その先」

「昼飯」

 佑真の予定は近い。

 風呂上がり、木のベンチへ座った。

 千冬は白い牛乳、佑真は珈琲牛乳。

 冷たい瓶を持つ指は、まだ湯の熱で赤い。

「次の仕事、春から探そうかな」

「春は何日から?」

「桜が咲いたら」

「散ったら?」

「翌年へ繰り越し」

「制度が甘い」

 二人は笑った。

 食堂では、山菜蕎麦を頼んだ。

 温かなつゆへ蕨と茸が入り、柚子皮が少し浮いている。

 千冬は七味を入れすぎて咳をし、佑真が水を渡した。

「働く前に、加減を覚えた方がいい」

「無職にも必要?」

「蕎麦には必要」

 午後、休憩室の畳で横になった。

 二人の間には、誰も座らない座布団が一枚ある。

 千冬は眠り、佑真は天井の木目を見た。

 止まっているようでも、窓から差す光は少しずつ移動している。

 帰り道、山の麓で梅が一輪咲いていた。

「春?」

 佑真が指す。

「一輪では、まだ準備期間」

 千冬は即答した。

 車内には温泉の硫黄と山菜蕎麦の出汁の香りが残った。

 次の予定は、梅がもう三輪咲いたら同じ湯へ来ること。

 仕事のことは、その帰りにまた考えればよかった。