年越しの三つの椀
冬悟が大晦日の実家へ着いたのは、日付が変わる四十分前だった。
母には帰らないと伝えていた。けれど仕事が早く終わり、コンビニの年越しそばを買う気にもなれず、気づけば電車を乗り継いでいた。
玄関を開けた侑二は驚かなかった。
「天ぷら、揚げるぞ」
「俺が来るって知ってた?」
「知らん。衣が余った」
母は風呂に入っている。台所には蕎麦が三束、海老が三本、椀が三つあった。余ったにしては出来すぎている。
侑二は母の再婚相手で、元調理師だ。冬悟が大学を出る年に母と結婚した。料理はうまいが、距離の取り方も同じくらいうまい。会えば食べさせる。食べ終えれば追わない。
二人で海老の水気を拭き、衣へくぐらせた。冬悟が油へ落とすと、侑二が菜箸で尾を伸ばす。
「曲がっても味は同じだろ」
「椀に収まらん」
「切ればいい」
「縁起が悪い」
宗教でもないくせに、侑二は年中行事だけ几帳面だった。
蕎麦を茹でる鍋が沸き、母が風呂から上がってきた。冬悟を見るなり泣きそうな顔をしたので、冬悟は湯気のせいにして目をそらした。
「ネギ抜きで」
侑二が一つの椀を横へ分けた。
「まだ覚えてたんだ」
「忘れるほど作ってない」
三人で食べ始めたとき、テレビの中では除夜の鐘が鳴っていた。冬悟の海老だけ尾が曲がっていたが、椀からはみ出すほどではなかった。母は仕事のことを聞きたがったが、冬悟は短く答えた。転職を考えていることも、恋人と別れたことも言わなかった。
食後、侑二は椀を二つ洗い、冬悟の一つだけ水につけたまま残した。
「自分のは自分で」
「客に洗わせる?」
「客ならな」
冬悟は洗剤をつけ、椀を拭いた。食器棚を開けると、下段に同じ椀が三つ並ぶ空間があった。侑二は最初から場所を空けていたらしい。
帰りの電車はもうない。母が布団を出そうとすると、侑二は先に二階の暖房をつけた。
「冷えるぞ。お前の部屋、窓の隙間がある」
冬悟は「元・俺の部屋」と訂正しかけてやめた。洗った椀を、空いていた場所へ伏せる。
来年も来るとは約束しなかった。ただ、その椀だけは持ち帰らなかった。