後回しの貯金箱
須和佳代は、祖母の危篤を知らせる電話を受けたあと、願いの店へ走った。
病院までは車で三時間。夜明けまでもたないかもしれない、と叔父は言った。
「祖母を、私が着くまで待たせてください」
店員は赤い貯金箱を出した。
「代金は、後回しにした回数です」
佳代のコートのポケットで、硬い音がした。
十円玉が一枚、入っている。
先月、祖母から電話が来たとき、忙しいから週末にかけ直すと言った。かけ直さなかった。その一回だと思った。
もう一枚、音がした。
正月に帰ると言って帰らなかった。
また一枚。
写真を送ると言って送らなかった。
映画に連れていく。梅を見に行く。スマートフォンの使い方を教える。今度、今度、落ち着いたら。
思い出すたび、ポケットが重くなった。
佳代は両手で硬貨をすくい、貯金箱へ入れた。十円、五十円、百円。種類はばらばらで、数える暇もない。
ところが箱はいっぱいにならない。
足元へ硬貨があふれ、鞄の中でも鳴り続ける。
「こんなに?」
店員は答えない。
佳代は泣きながら硬貨を入れた。
最後に、幼い頃の約束を思い出した。
――大人になったら、おばあちゃんを海の見える家に連れていく。
一番大きな五百円玉が、掌に現れた。
それを入れると、貯金箱の口が閉じた。
店を出た佳代は車を飛ばした。
雪が降り始めたが、高速道路は不思議なほど空いていた。病院へ着いたのは、夜明けの十分前だった。
祖母は目を閉じていた。
佳代が手を握ると、薄く目を開けた。
「遅いねえ」
「ごめん」
「海は?」
佳代は言葉に詰まった。
病室の窓から見えるのは、雪で白くなった駐車場だけだ。
佳代は携帯を取り出し、以前旅行した海の動画を開いた。波の音を最大にする。
「見える?」
祖母は窓ではなく、佳代の顔を見た。
「見えるよ」
夜が明けて少しして、祖母は眠るように息を引き取った。
後日、佳代は赤い貯金箱を探しに行ったが、店はなかった。
代わりにコートのポケットから、十円玉が一枚出てきた。
佳代はそれを使わず、机の上に置いた。
誰かに「今度」と言いそうになるたび、硬貨を指で鳴らす。
後回しは、貯めても何も買えないと知っている。