感情のない翼
矢の回廊の向こうに、翼を切られた子どもたちがいた。
教会騎士ドゥリエは、祭具箱から六枚の白い羽根を取った。翼人から抜いた羽根は、一枚につき一度だけ傷を無効にする。その代わり、使った者から感情を一つ奪う。
教会は羽根を「天使の祝福」として騎士へ配り、地下では子どもたちの翼が生えるたび抜いていた。
牢の前で、少年ベマが鉄格子を握る。
「来ないで。射手がいる」
最初の矢がドゥリエの胸へ飛ぶ。羽根が光り、矢は粉になった。
恐怖が消えた。
心臓は静かになり、死ぬ可能性を数字のように眺められる。彼女は回廊を進んだ。
二本目。怒りが消える。
子どもたちの傷を見ても、教会への憤りが湧かない。それでも、間違っているという判断は残っている。
三本目。悲しみ。
格子の下に積まれた小さな骨を見ても、涙が出ない。
四本目。嫌悪。
射手の顔も、血の臭いも、ただの情報になる。
ドゥリエは鍵番を倒し、牢を開けた。子どもたちが走り出す。出口までの階段で、司祭兵が槍を振り下ろした。
五枚目の羽根が燃える。
喜びが消えた。
救えたという実感がなくなる。成功も失敗も同じ温度だ。それでも彼女は人数を数え、全員いることを確かめる。
地上扉の前で、大司教が最後の弩を構えていた。狙いはベマ。
残る羽根は一枚。
「それを使えば、何が消えるか分かるか」と大司教は笑う。「最後は最も強い感情だ」
ベマはドゥリエの外套をつかんだ。彼女がここへ来た理由。切られた翼を初めて見た夜、必ず連れ出すと誓った理由。
愛情だった。
弩が鳴る。
ドゥリエは少年を抱き、最後の羽根を胸へ挟んだ。
矢が白い粉になる。
同時に、腕の中の温もりから意味が消えた。
子どもたちは扉を破って広場へ出た。抜かれた羽根の山と、地下牢を見た市民が教会兵を取り囲む。大司教の命令に従う者はいなかった。
ベマは泣きながらドゥリエへ抱きついた。
「迎えに来てくれるって、信じてた」
彼女は少年の頭へ手を置いた。守るべき対象だと分かる。声も名前も約束も覚えている。
けれど、何も感じない。
鏡のようになった瞳には、救われた子どもたちが映っていた。そこに喜びも安堵もない。
教会から翼を取り戻した朝、ドゥリエの胸だけが、二度と羽ばたかない空洞になっていた。