手術時間あと九分

芝山隆澄は毎朝、宵子の身体残時間を確認する。十二時間。先天性疾患で本体の肺が弱い彼女は、昼間だけ健康な身体を借り、花屋で働いていた。夜になると本体へ戻り、二人は音声だけで話した。

事故は閉店前に起きた。

配送車が店へ突っ込み、宵子の貸出身体を壁へ挟んだ。接続を切れば、損傷時の神経信号が本体へ逆流する。医師は貸出身体を手術して安定させてから戻すと説明した。

手術室前の表示には、残り九分。

貸出身体は契約時間を超えて医療使用できない。次の利用者の予約と衛生工程を守るため、手術中でも終了時刻に返却する。それが規則だった。

「延長します」

隆澄は決済を押した。

《事故後の身体は延長対象外です》

《修理契約へ切り替えてください》

修理契約は会社が身体を回収し、利用者の意識を即時返還する。今それをすれば、宵子の本体が危ない。

医師がモニターを見た。

「最低でもあと四十分必要です」

隆澄は身体そのものの買い取りを選ぶ。

《事故発生後の価格:一億二千万円》

残り七分。

宵子の音声が手術室からつながった。麻酔前の短い回線だった。

『隆澄、聞こえる?』

「延長する。何とかする」

『明日の花、仕入れてない』

「そんな話するな」

『白いの、頼んで。名前忘れた』

彼女は恐怖を隠すとき、花の話をした。

残り三分。

隆澄は病院の廊下で、持っているものを売却した。部屋、車、退職金。即時査定の合計は二千八百万円。

足りない。

《00:30》

医師が手を止めるよう警告される。

「続けてください!」

「病院が身体の無断使用で訴えられます」

隆澄は手術室の扉へ身体を押しつけた。

ゼロ。

室内の機器が一斉に停止した。

《契約終了》

《意識を本体へ返還します》

宵子の脳波が途切れる。

数秒後、保管施設から通知が来た。

《返還信号による呼吸停止》

《蘇生を開始します》

手術台には、胸を開いたままの貸出身体が残る。会社の回収員が医師より先に入ってきた。

「衛生工程に遅れます」

身体を閉じることもなく、専用袋へ入れる。

隆澄の端末に、明日の予約利用者から低評価が届いた。

《貸出開始時刻に間に合わないため星一つ》

その評価で修理費が加算された。

宵子の本体は蘇生しなかった。

翌朝、花屋の注文画面に、彼女が言っていた白い花が表示された。

名前はカスミソウだった。

一束の利用時間は、表示されていなかった。