折れた競技用ホイール

天音ヶ谷由絃の競技用車椅子が、体育館の倉庫で横倒しになっていた。

片側のホイールは割れ、フレームはねじれ、座面には靴跡がある。来月の大会へ向けて調整したばかりの特注品だった。

持ち出した友人の鳳凰森遥香は、動画投稿を見せながら笑った。

「車椅子バスケ、やってみたかったの。由絃は練習用も持ってるし、友達なら一台くらい貸してくれてもいいでしょ」

由絃は貸していない。遥香は体育館管理者へ、由絃から受け取りを頼まれたと嘘をつき、競技用車椅子を搬出していた。

動画では、遥香と友人たちが坂道を下り、段差を飛び越える“チャレンジ”をしている。最後に一人が立ったままフレームへ乗り、ホイールが折れた。

遥香は言った。

「乗り物なんだから壊れることもある。大会は別のを使えばいいじゃん。障害者用って補助金が出るんでしょ?」

由絃は製作会社の見積書を見せた。

身体寸法と競技姿勢に合わせた特注品で、価格は二百五十万円。補助制度の対象ではなく、競技資金とスポンサー契約で購入したものだった。代替品はすぐ用意できず、国際大会の選考会を欠場する可能性がある。

体育館の搬出記録、遥香の偽署名、投稿動画が証拠になった。動画には、管理者が「本当に本人の許可があるか」と確認した際、遥香が「友達だから全部共有してる」と答える場面も残っている。

スポンサー企業は、選考会の欠場損害と代替機の緊急製作費を立て替えたうえで、遥香へ求償する方針を示した。

遥香は由絃へ言った。

「友達を大企業に訴えさせるの? 古い車椅子を私にくれれば、修理して使うから」

由絃は折れたホイールを抱えた。

「これは私の脚ではない。でも、私が走るために作った物。遊び道具としてあげられない」

代替機は製作会社が昼夜で仕上げ、由絃は選考会へ間に合った。遥香は車椅子本体、緊急製作、遠征変更、スポンサー対応費を合わせて賠償し、動画収益も差し押さえ対象となった。

由絃が選考レースのゴールを越え、遥香の動画アカウントへ損害請求通知が届いた瞬間、友達なら一台もらえると思った女には、折れたホイールより重い支払いだけが回り始めた。