控え席のオーナー

桜庭原晴奏は、プロバスケットボールクラブで選手の体調データを入力していた。

婚約者の御前崎史弦は控え選手で、晴奏の仕事を「表計算」と呼んだ。

その史弦が、代表経験のあるスター選手・花菱森麗音との交際を公表し、婚約を破棄した。

「麗音なら、僕を海外リーグへ連れていける。晴奏はコートの外から数字を見てるだけだろ」

麗音も記者の前で笑った。

「勝負の世界では、価値のある人同士が組むんです」

晴奏は控え席の端で、婚約指輪を外した。

一週間後、クラブの新体制発表会が開かれた。

最初に紹介された新オーナーは晴奏だった。

桜庭原家はクラブの親会社を創業し、晴奏は相続と自社のスポーツ解析会社を通じて議決権の過半数を持っていた。現場で入力していたのは、選手の疲労を予測するシステムを自分で改良するため。解析会社は海外五リーグへ採用され、企業価値は一千億円を超えていた。

史弦は立ち上がった。

「オーナーなら、僕の海外移籍を支援できるよな?」

ゼネラルマネジャーが契約書を閉じた。

史弦は麗音へ内部の戦術データを渡し、自分の出場時間を増やすよう監督を脅していた。麗音も他クラブとの交渉へデータを利用していたため、二人は契約解除とリーグ調査の対象になった。

麗音は晴奏をにらむ。

「個人的な恨みで選手を切るんですか」

晴奏は会場の画面を指した。

出場時間、送信時刻、端末番号。処分案は第三者委員会が作り、晴奏は利益相反を避けて議決から外れていた。それでも結論は全会一致だった。

史弦が声を落とす。

「婚約を戻せば、問題は収まる?」

「契約と婚約を同じ交渉材料にした時点で、どちらも終わってる」

晴奏は新しい選手育成基金を発表した。控え選手にも教育費と引退後の仕事を保証し、解析技術の利益を還元する制度だった。

リーグ画面で史弦と麗音の登録が停止され、晴奏の会社との五年契約が承認される。

控え席にいた晴奏の名がオーナー欄へ灯った瞬間、価値のある者同士と笑った二人だけが、試合に出る資格を失った。