日曜返却口の第六章

日曜日が消える図書館では、その日に返された本から一章だけ抜ける。頁そのものは残るが、文字がなくなる。利用者はどの章が消えたか申告し、司書は貸出記録に「読了地・日曜」と記す。欠けた章を想像で補ってはいけない。

邑楽篤生は、日曜返却口の担当だった。

月曜の朝、返却箱を開ける。料理本からは煮込みの章、旅行記からは帰路の章、恋愛小説からは告白の章が消えていた。人が最も必要とした部分ほど、日曜に持っていかれる。

毎週同じ青年が、一冊ずつ返してきた。名前は名乗らず、貸出カードにも空欄しかない。本にはいつも押し花が挟まっていた。

ある月曜、篤生が昔書いた小説が返却箱に入っていた。大学時代に自費出版し、誰にも読まれず絶版になった本だ。第六章の文字がすべて消えている。主人公が故郷を捨てる場面だった。

押し花の代わりに、短いメモがあった。

「ここだけ、嘘でした」

篤生は腹が立った。小説を書けなくなり、司書になって七年。読者が一人もいないと思っていた作品を、知らない誰かが嘘と決めつけた。

次の日曜、篤生は閉館後も返却口の内側で待った。消える曜日に人と会ってはいけないが、返却物を受け取る司書だけは手を出してよい。ただし顔を見てはいけない。

暗闇の向こうから本が差し込まれた。篤生は手首をつかんだ。

「第六章の何が嘘なんです」

返事は少年の声だった。

「捨てたんじゃない。戻れなかったんでしょう」

その声は、大学を辞める前の篤生に似ていた。

手を離すと、返却口が閉じた。日曜が終わり、月曜の朝になった。カウンターの時計は一秒も進んでいない。

返された本は白紙だった。表紙には篤生の名だけが残っている。貸出カードの最後の行に、来週の日曜の日付と「再執筆」と記されていた。

篤生は規則に従い、欠けた章を想像で補わなかった。代わりに、まったく別の第一章を書き始めた。

白紙の第六章には、押し花ではなく、羽化前の蝉の抜け殻が一つ挟まっていた。脚の先だけがインクで濡れ、頁に六本の短い線を引いていた。