明るくなっても
「明るくなったら、手を離すから」
小学生のころ、停電のたび小早川凛太郎は御厨芹にそう言った。暗闇が苦手な芹の家まで懐中電灯を持って走り、電気が戻るまで押し入れの前で手をつないだ。
高校卒業後、凛太郎は消防士になるため町を出た。芹も就職で離れ、連絡は災害のニュースがあるときだけになった。
十年ぶりの再会は、台風で避難所になった母校の体育館だった。帰省中だった芹が受付を手伝っていると、応援隊として来た凛太郎が濡れた防火服で入ってきた。
互いに名前を呼ぶ暇もなく、彼は設備確認へ向かった。芹が渡したタオルを受け取るときだけ、凛太郎は昔と同じように眉を下げた。それでも無線が鳴れば、すぐ仕事の顔へ戻った。昔とは違う。凛太郎は芹一人のためではなく、町全体を守る人になっていた。
夜九時、強風で避難所の電気が落ちた。非常灯が点くまでの数秒、芹の呼吸が浅くなる。
暗闇の中で、手が見つけてくれた。
「芹。ここにいる」
「仕事中でしょ」
「今は、芹の隣にいる」
凛太郎は昔と同じように指を握った。非常灯が点き、ざわめきが落ち着く。けれど彼は避難誘導を続けながらも、芹を安全な場所へ連れていくまで手を離さなかった。
停電中、凛太郎は別の場所へ呼ばれるたび、芹の手を近くの女性職員へ預けた。そして戻るたび、必ず同じ手を探した。
深夜、警報が解除される。体育館の照明が戻り、住民たちが帰り始めた。
凛太郎はようやく手をほどこうとした。芹はその指を追い、今度は自分から絡める。
「もう明るいよ」
「だから離す」
「昔はね」
芹はスマホを開き、翌週の防災イベントではなく、町の灯籠祭りの日を予定に入れた。参加者を《芹と凛太郎》にし、彼へ送る。
「明るい場所で会う約束も、して」
凛太郎は濡れた手袋を外し、素手で芹の手を握り直した。手袋越しでは分からなかった震えが、もう止まっていることを二人で確かめる。承諾の通知が鳴る。
明るくなったら手を離す。その言葉は、暗闇だけを一緒に越える幼なじみの約束だった。
灯りが戻っても離さなかった夜から、二人は怖いときだけではなく、明るい次の日にも隣を選ぶ関係になった。