明日の予定をひとつ消す

戸倉南帆の予定表には、白い時間がなかった。

仕事後は資格講座、交流会、動画での筋力運動。休日も美術館と買い物と友人との食事を並べた。予定が埋まっていれば、二年前の別れを思い出さずに済む。何もしない夜には、置いていかれた自分だけが部屋に残る気がして、誘われたものはほとんど断らなかった。

帰宅はいつも二十二時を過ぎた。冷蔵庫の惣菜を立ったまま食べ、眠る直前まで講座の動画を流す。忙しいと口にすれば、充実している人のように聞こえた。けれど何を楽しんだか尋ねられると、予定表の題名しか答えられなかった。

帰りのバスで、隣に座った男の子が、紙へ一週間の予定を描いていた。レオ、六歳。月曜には恐竜、火曜にはカレー、水曜には大きな丸。木曜以降は何もない。

「水曜の丸は何?」と南帆が訊く。

「空気の日」

「何をする日?」

「何もしないから、空気が入る」

レオは南帆のスマートフォンに表示された細かな予定を見て、眉を上げた。

「どの四角が寝るの?」

「夜は寝るよ」

「四角が。ずっと字が起きてる」

レオは自分の消しゴムを差し出した。

「明日の一個、寝かせて」

スマートフォンの予定は消しゴムでは消えない、と言う前に、レオは降車ボタンを押した。母親と手をつなぎ、紙の水曜をひらひらさせて降りていく。

レオが降りた席には、消しゴムの粉が少し残っていた。窓の外は店の灯りで忙しく流れたが、紙の水曜だけは白い丸を抱えていた。南帆は予定表を開き、予定のない時間を見るたび感じていた不安が、今日は空気の入る穴にも見えた。

南帆の明日には、業務後の異業種交流会と、帰宅後のオンライン講座があった。どちらも断れば遅れる気がして申し込んだが、何に追いつきたいのかは分からない。

参加費は返金されない。それでも、払ったから行くという理由だけで二時間を使えば、今度は時間まで取り戻せなくなる。南帆は損を増やさないために予定を埋める癖が、自分をもっと忙しくしていたことに気づいた。

バスが次の停留所へ進む間、南帆は交流会の予約画面を開いた。キャンセル理由の欄へ説明を書きかけ、必要がないと気づく。

予約を取り消すと、午後七時から九時までの四角が白くなった。胸の奥に不安が湧いたが、そこを埋める店や映画を検索する指を止めた。

南帆はそこへ別の予定を入れず、空白のまま画面を閉じた。