昨日までのバックアップ
市役所の全窓口が止まった。番号札だけが発券され、呼び出し表示は一つも動かなかった。
画面には身代金要求。住民票も税情報も開けない。
二階堂壱成は、障害対策室のソファで脚を組んでいた。
「有馬川、早く戻して」
「オンラインのバックアップも暗号化されています」
「先月、コスト削減で世代保存を切ったからね。会長の息子として経営感覚を見せないと」
「私が反対した件です」
「だから君は平社員なんだよ」
私は地下倉庫へ走った。命令に反して残していた前日夜のオフライン媒体がある。処分される覚悟で保管したものだった。壱成に廃棄を命じられた日、私は媒体番号だけを台帳から消さず、耐火金庫へ移していた。
市役所では出生届も死亡届も受け付けられず、福祉窓口には薬代の給付を待つ人が並んでいた。復旧を急いでも、感染した端末へ戻せば再び暗号化される。私は職員を二班に分け、ネットワークを切ったまま一台ずつ検査した。壱成はその間、記者から隠れて役員用車で帰宅した。
十二時間後、窓口は復旧した。
翌日の市議会公聴会で、壱成は答弁席に座った。
「現場担当がバックアップを怠ったためです」
私は保存命令のメールを提出した。壱成が停止を指示し、警告を削除した履歴が残っていた。さらに攻撃の入口は、彼が私用端末へ送った管理者パスワードだった。
公聴会の途中、検察の捜査員が会社の二階堂会長を連行した。公共契約の謝礼を受け取っていた疑いだという。主要自治体は契約解除を通告し、会社には裁判所選任の事業管財人が入った。
壱成は笑おうとした。
「会社が再建中なら、会長一族を切れるわけないだろ」
管財人は答弁席へ一枚の紙を置いた。
「再建するから切るのです。二階堂壱成氏を重大な情報管理違反と虚偽報告により懲戒解雇。有馬川直氏を復旧部門責任者へ任命します」
壱成は端末を引き寄せ、管理画面へログインした。
パスワード欄の下に赤い文字が現れた。
〈このアカウントは永久に無効化されています〉